音色を響かせて

□03.散策
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そなたはなんという名でござるか?



おれはそういったはずなのだが、相手はとたんにきらきらと目を輝かせはじめたのだ。

不思議そうにしているとその子はこう言った。


「おぶしょうさまなのですか!?」


さて、なんと答えたのであったか…。
次にその子はこう言った。


「おてあわせしましょう!」


たしか、おれはあわてたんだ。
そなたはおなごでござろう、と
そうしたらその子は頬をふくらませた。


「おぶしょうさまに勝てればきっとわたしもたんれんするのをきっとゆるしてもらえます」


おなごなのに武士をこころざしているらしい。
おれの想像するおなごとはあまりにもかけ離れていた。


「みんなを守るの!父上と、兄上と××のみんなを守りたいの!」


えがおでつげたその子の戦う理由は、とても武士らしくて、子供らしいものだった。

おれだって、みなを守るために強くなりたい

そう強い口調で言い放って、こころざしの一致していたおれたちは結局手合せをした。

その子はそれまで、武術は見取稽古だったから、すでに習い始めていたおれとの力の差は歴然だった。

たしか、おれの方はできるだけ相手を傷つけないよう気を付けながらお互いに拳と脚を繰り出していた。



「弁丸、弁丸!見つけたぞ!こんなところで何をしてるんだ!」


あ、父上!
そうだった。おれは今までこの甲斐の屋敷で迷子になっていたんだ。それで目の前の子も同じだって言って……、


「そなた、××殿の姫君ではないか…!弁丸っ!いじめてはだめだろう!」


お互いに土を被って、髪も十分に振り乱れていたから、おれたちは喧嘩をしてて、主におれがこの子をいじめてるとおもったらしい。
おれはあせって否定しようとしたが、その子が先に事情を父上に説明した。すると父上は笑い出した。


「強い子だな。またうちの弁丸に稽古つけてやってくれ」

「はいっ」

「さあ、そろそろあなたのお父上殿も心配しておられる故、お戻りになられよ」

「わかりました、さらださまっ。ありがとう、べまるちゃ!」


少し舌足らずな発音におれと父上は顔を見合わせて笑った。


「あの歳で姫でなく、武士を望むとは大した子だな。弁丸も油断してると負けちまうかもしれぬなぁ」


からかう父上におれはしっかり反論をしたのを覚えてる。
負けるものか。一生懸命鍛錬に打ち込んで、強くなるんだ。そう決意したのも確かその時だ。




けれど、それからあの子には会うことはなかった。











………そうだ、名前。

そなたの名前、俺は聞きそびれた。

もしももう一度会えたのなら今度こそ聞こう。






























「あれは……あの子は、朱音だったのか…?」


朝日も昇らぬうちに見たのはずっとずっと昔の記憶だった。

確かに、あの髪といい目といい、今は甲斐を発った彼女に似ていたと思う。


(『姫君』………父上はそうおっしゃっていたな……)



だとしたら、ずっと幼いころから自分たちは一度会っていたのだろうか。
次に会えた時に確認してみてもいいかもしれない。





『やー困った困っちまった。弁丸は鍛錬のたびにあのお姫様の事を口にしてくるなぁ。そんなにまた会いたいのか?』

『はい、お父上!その子と互いに強くなると約束しましたゆえに!』

『お姫様小さくてかわいいからなぁ』

『決して芯は悪うございませんでした。侮っていては追い抜かれるやもしれませぬ!』

『髪もふわふわしてるし、笑顔もきらきらしてたし、仕方ないよなぁ。そうかぁ、お前もそんなお年頃かぁ…』

『せめておれは力では負けたくはありませぬ。日々しょうじんして、あの子にお会いしたとき、よき手合せができるように…!』

『宵の手逢瀬なぁ…いいなぁ青春だなぁ』
































「……………………………父上ぇええぇぇぇええぇぇえぇええぇぇえええええええええッ!!」




ついでに余計な記憶も思い出してしまった。









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