音色を響かせて

□07.面影
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視界の先に広がるのは陽が上る直前の暗く、静かに波打つ海。
そこへ聴力を破壊せん勢いで莫大な鉛玉が派手に放たれると遥か彼方の波間の中へ吸い込まれ、やがて爆ぜた。

鬼面をモチーフにした大きな彫刻が施された大筒にまず目を奪われる長曾我部軍のからくり兵器船、要塞富嶽。
もともとの考案はからくり好きの趣味によるもので、設計からゆっくり製作していたものだが今回の豊臣との戦に実用すべく急いで完成させたという。

大筒の火力、強度、射程距離も元親納得の出来栄えであり、何やら他にも船全体を使った仕掛けがあると小耳にはさんだ。
元親や長曾我部軍のからくりにかける情熱を最大限反映させた巨大兵器。その機能だけでなく、作り手のこだわりをも極力実現させる気概に朱音は素直に尊敬した。


(でも兵器は人を殺すためのもの…)


元親から与えられた戦装束は最初に船の上で着替えた備えそのまま一式だった。
浦戸のお城でもいくつか着替えさせられたのだが、戦場における機敏性や防御性能が一番考慮されていたのがこの最初の装束であったらしい。彼曰く、やはり初心にこそ全てがあるのだと。
今回は更に負傷していた左肩の補助の鎧や姿勢矯正の下着まで新たに作ってくれた。なおかつ、不要と思われる髪型のセットまで再び行われ、元親のこだわりの抜かりなさもあったりする。

最後に胴鎧を身に着けると久しぶりに己の武器を握る。鋭さをなくした太刀は腰に差しておき薙刀を腕に抱え船の甲板に出た。
すると船の乗り口には民間人と思われる人々が元親と話していた。見た所老齢の男女や、母子が多くを占め、皆が鎌や鍬を持ち険しい表情を浮かべている。何事かと事情を探ろうとしていたところポン、と肩を叩かれた。


「殿を慕って民が集まってきたんだよ。土佐だけじゃなく播磨や美作、河内の人まで…。俺たちも一緒に戦うってアニキに直談判してるんだ」


どこか少女自身の父親と重ね合わせてしまう『オヤジ』が防具を身に着け立っていた。
挨拶をすると、快い笑顔で返してくれた。


「長曾我部領の民だけじゃない、他の領主からの厳しい統治から逃げてきた人等も全部受け入れてきてるんだ。さっきも毛利のお膝下から幾人か船で来たって話だ」


国主の負担になるであろう漂民を受け入れる行為だが、流れ着いた人々にとっては迎え入れてくれる掌は本当にありがたく、この上ないものでだ。困っている人、自分を頼ってきている人は放っておけない性であるだからこそ彼は海賊と名乗りながらも領民に慕われているのだろう。
そう考えて朱音は自然と安心したような笑顔を浮かべていた。
すると下方から元親の威勢のいい声が聞こえてきた。


「―――――この西海の鬼が戦を終わらせてやる!あんたらの戦いはその後、国へ帰ってからだ! きっと刀や槍を振り回すよりしんどいだろうが、人間らしい生きがいってやつがそこにはあるはずだぜ!………だから今は、ここで待ってな」


彼の目の前で木の枝を握り「ついていく」と覚悟を決めていた子どもから優しく枝を取り上げてピーちゃんに預けるとその子の頭を撫でていた。自分にとっての武器を取り上げられてしまったその子は悔しそうに涙ぐんでいる。
領民との話はこれで終えたのか、元親はぐるりとこちら…富嶽の乗員に対して声高らかに告げた。


「野郎共ォッ!出陣の用意だァ!豊臣と毛利を蹴散らして一気に天下をいただくぜぇ!!」


途端にアニキイイイイイイイイ!と歓声が船内のあちこちで湧き上がった。朝日が昇り白んできた世界の中、覇気に船中が満ち満ちてビリビリと大きく揺れる。
オヤジに背に手を添えられた時、ちょうど富嶽に飛び乗った元親とも目が合った。朱音は彼の目の中に灯った決意の色を見た。

そして自覚する。朱音も覚悟は決めたつもりでいた。けれど元親の瞳を目の当たりにし、この場にいる人間に必要とされる大事なものが自身には欠損していることを本能で感じとった。

元親が指示を出すと船が港を離れ始める。港に佇む民衆に手を挙げる仕草をすると民衆も大きく手を振って応えて、また船中が活気づく。





士気は上々、勇然と進むのみ――――







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