音色を響かせて

□06.備え
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「お市さん、本当にありがとう。二人を…いや二人だけじゃない。前田のみんなを、守ってくれて」

「市、が?…だとしたら、うれしいわ」


旗揚げに川中島での武田と上杉との合戦に奇襲をかけた豊臣軍。前田軍はその豊臣の覇の力に日ノ本の未来を託した。
しかし今は袂を別った慶次は秀吉のやり方では人々が笑って暮らせるような日ノ本を作ることはできない事を悟っていた。豊臣の下、上杉軍へ侵攻をしていた利家やまつを必死で説得しようとしていたが、手取川にさしかかった頃、最終的には力ずくで物を決しようとしていた。


「しかし…あの時の黒い手って、一体なんなんだい?」

「…長政様と、兄様からのご加護、なのかも…」

「え、嘘ぉ…!?」


朱音と離れてからもお市はずっと慶次と行動を共にしていた。
慶次と前田のお家の二人との間で豊臣に従うか否かで意見の不一致による亀裂が生じた時も、朱音の捜索を一時中断して二人で前田へ戻り、お市は慶次が苦しんでいる様子もずっと見ていた。
あんなに優しくて、辛い時も励ましてくれて、笑いとばしてくれた人が表情をひどく歪ませて…


《前田さんを、悲しませないで…!》


手取川で大雨が降りしきる中、突如お市が大量の、魔の手―――大きな黒い手を呼び寄せて戦場ごと覆った。
躱す隙どころか一瞬で退路までことごとく漆黒が行く手を封じ戦況を凍結させた。


『やめて、やめて、お願い、戦っちゃだめ…』

『お市様…、』


事実上、手取川の合戦を制したお市に前田軍は戦うことを諦めた。彼女の望む通り話ができるように皆で前田の家に戻って情勢危うくも落ち着いて話を交わせていた。
慶次は利家とまつに秀吉の覇を唱えるに至った過去や今の豊臣のやり方を説明した。
しかし、上杉討伐の任を果たせなかった前田軍を豊臣は許しはしない。すぐに次の遠征の命でも命じて、豊臣に尽くす気はあるのか試しにかかるだろう。2人も秀吉が過去に決別してから暴走気味であることは理解してくれた上に、慶次もこれ以上前田が豊臣に従っている状況を決して快く思わない。


「こうなったら、俺が当主になって秀吉に直接話に行くか…」

「大丈夫なの、前田さん…」

「心配してくれてありがとうな、お市さん。放蕩の身でもいいけど、そろそろ身を固める頃合いでもいいかなって気がしてるんだ」


あいつともう一度向き合うために。
少しだけ寂しそうな表情を浮かべたもののすぐに取り直すように、どっかりと構えなおした。


「お市さんはこれからどうする?」

「また、朱音を探しにいきたい…」

「ああ…俺も探しに行きたいんだけど…」



「慶次、あなた宛てに文が届いていますよ」


2人が話をしているところにまつが駆け込んできた。慶次は文を受け取り、差出人を確認するとすぐにその場で開いた。


「お手紙、どなたから?」

「四国の元親だよ。織田包囲網の時、あいつの治める国へ交渉にしにいって知り合ったんだ。すごく気前のいいやつで…」


すっかり友達と呼べるほど親しくなっていたが、同じく瀬戸内の国、毛利は豊臣と同盟を結ぶ傾向が見える。双方の間でそれが本当に実現してしまえば手始めに隣接する長曾我部領が狙われるだろう。そんな不安を抱え、彼の身を案じていたが手紙を読んだ慶次は思わず唖然とした。


「お、お市さん!朱音が見つかったよ!この元親の所にいるって!」

「うそ…ほんとう…!?」

「どういう経緯でかまでは書かれてないんだけど………朱音も、秀吉と話がしたいから豊臣との戦に備えてる元親について行ってるんだって」

「市、朱音のところへ、四国に行くわ。すぐに」


急に声色が低くなったお市。慶次はどうしたのかと様子窺ったがお市には懸念の色が浮かんでいる。


「なんだか、とても嫌な感じがするの………あの子は、朱音は、この戦場にいちゃいけないような……」

「………危ないって心配してるの?」

「違うわ。これは予感………前田さんは、どうするの」

「俺だって朱音を迎えに行きたいよ!でも…前田の今後の事も決めなきゃいけないし………でもお市さん一人で行かせるわけってにも…」


二人して頭を悩ませていると利家が慶次を呼ぶ声が聞こえた。なんでも慶次への客人らしい。
表まで出迎えにいったが、そこにいたのは見知らぬ少年であった。
ただ少し見覚えがあるような、記憶の中にいる人物とよく似た特徴をもっていた。

金色の髪、金色の瞳。そして険しい視線。
記憶の中の人物と大きく違うことを特記するならば、性別と細身の体つきか。


「そうだな。ほとんど初めましてだよな」

「かすがちゃんとよく似てるけど、その兄弟かい?」

「………遣いで来た」


問いかけにぶっきらぼうに答えると紋所を突き出した。描かれていたのは、武田菱。
目をぱちくりさせる慶次を無視し淡々と話を進める少年は名乗った。


「俺は武田の忍隊の小助。あんた個人にいくつか聞いたり言いたいことがあるんだけど」

「………ということは、もしかして朱音のこと…」

「そうだよその通りだよ…!あんた、なんであの方とはぐれてるわけ…?」

(謙信関連で怒ったかすがちゃんに激似…!)

苛立ちを隠そうともせず低い声で睨みつける小助。それについては見事に彼女に欺かれた慶次は反論の余地もないのだが…。
どうにも小助に事情もろくに聴いてくれそうな気配はない。今にも苦無でも取り出さんとした勢いだったが、


「あら…武田の、お月さま…?」


中々戻ってこない慶次を心配したのか家の中からお市が顔を出したことで一旦その場は落ち着いた。







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