□そのとき、君は
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先生が目の前で溜め息を吐いた。
それと同時に白い煙が口からモワッと吐き出される。


手には短くなった煙草。

インディアンの横顔が載った鮮やかな黄色い煙草のパッケージと、灰皿代わりの空の缶コーヒーが置かれた机を挟んで、私と先生は対峙して座っている。

煙草の濃い匂いがよりいっそう、この空気を重たくさせる。




「お前さ、俺のこと好きだって言ってなかったっけ?」






     そのとき、





バレンタインの日にチョコを渡した。
手作りじゃなくて市販のやつ。

手作りを渡すのはさすがに気がひけた。
彼女ならまだしも、ただの一生徒にすぎない教え子から貰った手作りチョコなんて、食べてもらえる可能性が低いことぐらい分かってる。
一口も食べられずもせずにゴミ箱行きなのがオチだ。

だから、綺麗に包装されたビターなトリュフに想いを込めた。



「先生のこと好きかもしれない」

そうとも告げて。



そのとき先生は、一言。

「ありがとう」

そう答えて、チョコレートを受け取ってくれた。



大人な対応。

照れた様子もなく、当然笑みもなく。
社交辞令のような義務的な謝辞。

そして、先生はもう一度「ありがとな」と言って、チョコを持っていた教科書と一緒にするように持ち直した。
本当に何でもない物のように扱われた、私の想い。




『ありがとう』

その一言は、これからの関係を気まずくさせない気遣いだと瞬時に察した。



生徒と教師。



浅はかな幻想は見たらいけないのだ。
下心に近い期待は持ったらいけないのだ。




17の冬、確かな恋は脆くも散った。


 
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