深月の森

□遠日点
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 昔、うちの裏には宇宙人が住んでいた。

 キラッキラの髪にピカッピカの瞳、男だか女だかわからない容姿で、よく私になついていたものだ。

 昔、昔のハナシ――


「芝浦せんせーい!」

 ジリジリと焼けつく日差しを避けて、渡り廊下の影を選んで歩いていると、生徒たちの声に呼び止められた。
 背後から跳ねるように駆けてきた子らに、まばたきもしないうちに取り囲まれる。

「どうだった、合宿の許可とれたっ!?」

 身を乗り出して訊いてくるのは私が顧問をしている天文部の部長だ。
 彼女を筆頭に、部員たちが期待に満ち溢れた瞳をこちらに向けて、答えを待っている様子に苦笑を浮かべた。

「一応な。他の部と合同の合宿になるし、その辺りは調整しなくちゃならないけれど、だいたいの活動時間は被らないから、かまわないだろ?」

 もうデフォルトになっている、ぶっきらぼうな私の言葉にも何ら気にする様子はなく、見下ろした顔・顔が輝く。
 やったあ、と口々に歓声を上げる生徒たちと、夏休みの予定について語りながら天文部の部室となっている地学教室へ向かった。

 五年前に改修工事をされた校舎は、まだ真新しさが保たれ、廊下の床に生徒たちの影を鏡のように映す。

 ゆらりと揺れて翻る制服の裾に、幻影を見て、瞬いた。

 通っていた頃の面影を見つけることが難しくなった母校だけれど、ここに戻ってくることは私の望みだった。

 窓の外に。
 教室の真ん中に。
 廊下の角に、ざわめきの中に、あの頃の私たちが潜んでいるような気がして――

 ふと、彼を探している自分に気づいて、自嘲する。

 もう、十二年もたつのに。

 まだ忘れていない私がおかしかった。

 誰よりも近くで、誰よりも遠い場所にいた彼が消えた夏から、もう十二年――



 昔、私の家の裏には宇宙人が住んでいた。


 
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