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□春色フリーフォール
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「来週、お姉ちゃんこっち来るって」

 その言葉に一瞬箸を持つ手が止まった。

「リョウちゃん連れて、お花見にでも行こうって言ってるんだけど。弓緒はどうする?」

 さりげなさを装い、こちらを伺う母に私は味噌汁を口にすることで間を置く。

「友だちと約束あるから。花見なら、蘇芳公園が丁度見頃らしいよ」

 ごちそうさま、と手を合わせ、さっさと重ねた食器を流しに運ぶ私の後ろから、ため息混じりの母の声。

「アンタもいい加減ガンコねぇ……」


 ……悪かったね。



 母の発言には理由がある。

 私が、姉である梓をずっと避けているから、それを何とかしようとあの手この手で懐柔してくるのだ。

 姉が結婚して家を出てから三年、しばらくして産まれた甥っ子はそろそろ二歳。
 まだ上手く喋れないながらも、叔母である私のことをゆーちゃ、と呼ぶのがメチャクチャかわゆい。

 でも。

 姉に対して未だ鬱屈したものを持っている私は、素直に甥に会いたいとは言えないでいる。

 姉のことを、決して嫌っているわけではない。

 だけどまだ、以前のように屈託なく笑うことはできない。


 あのときから。


 のんびり屋さんで可愛い梓ちゃん。
 せっかちで、かわいいもの好きな私、弓緒。
 三年前まで私たちは仲の良い姉妹だった。

 私は、八つ歳上の姉が大好きで年齢が離れているからこそ、ベッタリ仲が良かったのかもしれない。

 休みの日はよく一緒に出掛けたし、悩みや思っていること、何でも気兼ねなく話せて、逆に姉からも会社の愚痴を聞いたりしていた。

 最初に結婚の話を教えてもらったのも私だし、こっそり相手に会ったのも家族の中で一番最初。

 姉が違う名字になって家を出ていくというのは複雑な感情を私にもたらしたけれど、寂しさは当たり前のものとして、祝福するつもり――だったのだ。


 そう。『だった』。


 あれ以来――自分が姉に向ける笑顔は、どこかいつも作ったものになってしまった。

 あんなに仲良しだったのに、会ってもぎこちない空気がまとわりついて。
 心を許して話すということが、出来なくなってしまった。

 原因はわかっている。

 私の頑なな態度に、姉が寂しそうに微笑むのを見るたびに、申し訳ない気持ちと苛立ちが、交互に私を襲う。

 今なら仕方のないことだったと、わかる部分もある。

 だけどまだ、私は彼女を許す気にはなれないのだ――。



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