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□境界線上の君。
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さとり。
暁里、そう、あの頃藍川は――総司はそんなふうにあたしを呼んでいた。


「――さとり、お前剣道部に入らないって本当か」

入学式もとうに過ぎ、桜も散った通学路を歩いていたあたしに、静かな声が掛けられた。
意外と遅かったな、なんて思いながら、ゆっくり振り返る。
難しい顔をした総司がそこにいた。

「誰から聞いたの?」
「八尋先輩から。女子部、誘ったのに、断られたけど理由知ってるかって――何でだ?」

彼の口から出た、中学から共通の先輩である彼女の名前にチクリと痛む胸を隠して、笑う。

「…ん〜、高校では、別のことしようかなって。剣道も、そろそろ限界見えてきたし」
「限界?」

なんだそれ、とひそめられた眉がさらに寄る。

睨み付けてるみたいだからやめろって、何回言っても治らない彼のクセ。そんな場合でもないのに、少しおかしくなった。

「…剣道は好きだけど、勝負するために竹刀を持つのに疲れちゃったっていうか……そんな感じ?」

あたしが競技会に出るのをあまり好んでいなかったことを知る総司は、納得はいかないまでもその言葉に強要する気はなくなったらしい。
ふっと息を吐いて、それ以上入部を進めるようとはしなかった。

「部に、入らないだけか。道場には、来るんだよな」

――どうして、そんなこと気にするの?
あたしが剣道続けようが続けまいが、総司には関係ないじゃない。

喉元から出かかった言葉を飲み込むのは、難しかった。

もともと、すぐ上の兄にくっついて通い始めた剣道場だった。
そこに、藍川母に連れられた総司がいて、同い年の負けん気もあってか、競うように剣を握った。
そうして高めあう相手がいたからか、自分でも、なかなかの腕前になったと自負していた。

――でも。

男女の区別がつきづらい幼い頃は良かった。
あたしたちは対等だった。

中学生になってお互い別々の性として成長していく身体に、差が出来てしまうまでは。


――あたしは総司のようになれないと、わかってしまったから。

そして、女として彼の隣にいられないことも、知ってしまったから――…

「……さあ。やりたいこと沢山あるし――とりあえず、高校生活を楽しむつもり」

曖昧にぼかした、あたしの剣道への決別を総司は察して、目を見張る。

どうしてそんな、裏切られたような目をするんだろう。
なじるような。
あたしのほうが、そうしたい気分だっていうのに。


なんで、教えてくれなかったの?

八尋先輩と付き合ってること。
他の誰からでもなく総司から、聞きたかった。

――暁里ちゃんが総司くんと幼なじみで仲がいいのはわかってるけど、今は八尋の彼氏なんだから、ちょっと遠慮した方がいいよ?――

――あれ、知らなかったの? あの二人、付き合いだしたんだよ――

そんなふうに他人から、したり顔で忠告されて、あたしがどんな気持ちだったか。

そういえば総司と話していると、よく八尋先輩が会話に混ざってきてた。
それであたしたちの会話が途切れてしまったりして、先輩には申し訳ないけど、邪魔だなって感じたりしてた。

――そうか、邪魔はあたしの方だったのか。



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