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□境界線上の君。
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なんだか、意外。
あたしが知ってた藍川は、こんな風に誰かとふざけたりすることなんて、なかった。
対戦相手に、魔王とかあだ名されるくらい、いつも周りを圧倒する空気を纏っていて。
道場で見せる、ぴんと伸ばした背中は、どこか他人を寄せ付けず――そんな彼の仲間だったこと、気安く話せる一人であること、密かに優越感を持っていた。
あの頃とはもう違うのに。
――馬鹿だな。
「なあなあ、幼なじみってことはもしかしてさー、沖田さん、昔、からかわれなかった? 総司と名前ネタで」
物思いに浸りそうになったあたしの横に、藍川のお仕置きから逃れた工藤くんが座り、訊ねてくる。懲りないやつだなお前は、と唸る藍川を横目に苦笑を返した。
「まあね、藍川を婿養子に貰ってやれとかさんざん言われたよ」
――沖田オキタ。
――総司ソウシ。
あたしの名字と彼の名前をくっつけると、とある歴史上の有名人になる。
新撰組マニアな藍川の母が、息子の名前にお気に入りの隊士の名前を付けただけではあきたらず、剣道を習わせたという事実は、彼と親しくなれば自然と知ることだから。
そう言われるのは予想の範囲。
恥ずかしがって拒否したり、からかわれるのを嫌がったりする時期は、とっくに過ぎた。
だから、あっさり肯定して、流す。
――仄かに痛む胸の奥の本心を隠して。
眉をしかめている藍川は、どう考えているのか毎度のことながら、読めない。
こうやって名前のことで揶揄されるのが嫌なのかどうでもいいのか――そんなだから、いつもあたしは、なんでもないフリをしなければならなかったんだ。
平然としている藍川の側で、あたし一人が過剰に反応するわけにはいかなかった。
名前が何だっていうの、
そんなことで別にあたしたちは関係を変えたりしないよ、と、
ただの友だちだという姿勢を貫いた。
そうして、自分の気持ちを誤魔化すにも疲れて――側にいることをやめたのに。
高校生活最後の年に同じクラスになるとは、とんだ落とし穴。
まして、藍川が普通に話しかけてくるなんて。
高校入学直後に、話したっきり、接点もなくなったあたしとは、ずっと没交渉だったくせに。
どういうつもり?
周りを固めた友人たちとそっけなく会話を交わす藍川にチラリと視線を向けて、こっそりため息をつく。
相変わらず、わずかにしか表情の変わらないあのふてぶてしく涼しげな顔を殴ってやりたい。
なんて八つ当たり気味に思いつつ、あたしは後ろの気配を極力気にしないように、前を向いた。