みっこ居ないでこっち来て(学パロ、キラー夢)

 少女は、とかく笑顔が印象的な子だった。

 いつも騒ぎや賑やかさの中心にいては、満面の笑みを浮かべている。
 高い笑い声は、それなのにすんなりと鼓膜に入って来るものだから、キラーはいつしかその声に耳を澄ませるのが癖になっていた。


「キラーさん」


 弾む声と共に、結った髪が尾の様に揺れた。親友とよく似た色合いの赤毛が、汗に濡れた額に張り付いているのは、更に少女をあどけなく見せる。頬を紅潮させた少女は、にこにこと実に楽しそうだ。
 両手に持った手持ち花火をずいと突き出し、内緒ですよと口の前に人差し指を立てる。

 暗闇の中、ぼんやりと光が丸状に滲む空間を指さす。向こうからごっそり持って来たのだと言う。
 よく見つからずに済んだものだ、と思ったが。
 よくよく見てみればルフィ、ロー、キッドの三人は互いにネズミ花火を投げつけるのに夢中で、周囲のことに目が向いていないようだ。

 アプーやボニーも、今のうちにと大量の花火を奪っていた。
 あっちぃだの、やりやがったなだの。ムキになって騒ぐ声が聞こえる。ルフィはともかく他二人は大学生にもなって何をやっているのかと、キラーは頭が痛くなった。

 差し出されるままに受け取った花火の先に、少女が鼻歌交じりに火を付けようとライターを出す。
 危ないぞ、と注意がつい口をついた。きょとんとした少女は、次には唇を尖らせた。


「子供扱いしないでくださいよ」
「実際、子供だろう」
「キラーさんだって一つしか変わらないじゃないですか」
「そうだな、一つお前よりも大人だ。ほら」


 いい加減な言葉で誤魔化し小さな手からライターを取り、少女の持つ花火に熱を灯す。ちりちりと先端の紙を燃えていくのを待っていると、じゅっと一気に火力が増した。火薬の匂いが、一際強くなる。
 吹き出した火は赤色だ。少女の顔が、同じ色に照らされる。焦げ茶色の瞳に、火花が散り鮮やかだ。
 わぁ、と拗ねていたのも何処へやら、喜びに目を細める様にこちらまで自然と気分が軽くなる。


「キラーさんも」


 ずいと差し出された一本を苦笑混じりに受け取る。自分がやるよりも、少女がやった方が同じ消費されるのでも花火も嬉しかろうと思えたのだ。
 一つ一つの火花が散るのでさえも、瞳を輝かせる少女の方が。

 それでも、キラーは大人しく受け取った花火の先を勢いの衰えてきた少女のものに寄せた。
 気が強く頑固な性格なのは知っていたし、何よりきっとあまり花火に手を伸ばしていない自分を気にして駆けよってきたのだろうと予想がついたからだ。

 吹き出していた赤の炎は、次にオレンジ、黄色、緑、そして最後には白色の花を散らして消えた。

 残りのものも同様に、キラーが火を付けてやり、少女がキラーに火を分ける。を繰り返して、細々と消費した。
 抱えてきたすべての花火を終えると、明かりに慣れた目には元の暗闇が一層暗く感じられる。
 濁った煙が、ぬるりとした夜風に攫われていく。残りかすをバケツに放り込むと、僅かな残り火が小さく鳴いた。
 後に残ったのは、奇妙な沈黙だけだ。


「いつも、思うことがあるんです」


 虫の鳴き声に紛れて、少女がそっと呟いた。なんだ、と静かに先を促す。
 なんとなく、この少女が言おうとしていることが分かる気がした。


「あたしは、楽しいことが好きだから、いっつも誰かを巻き込んではバカみたいに騒いだり笑ったりしてます」


 ああ、知ってるよ。と、胸の内で相槌を打つ。キラーはその少女の笑みが、とても好ましかった。
 純粋に、ただただ楽しさと嬉しさに込み上げる笑みは、周りにいる人間を選ぶローやキッドでさえ巻き込んで、一緒になって騒ぎ倒させてしまう不思議な引力がある。


「でも、途中でふっと気付くんです。輪の中に一人足りないなって」


 月明かりの下で、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は花火の光に負けない程に強い。
 自覚があるだけに何と返すべきか、キラーは言葉の選択に迷った。
 向こうの三人組の騒ぎが、こっちにまで割り込んできて、さっきまでとちぐはぐな空気に苦く笑う。

 例えばの話なんだが。
 言葉を一度区切って、キラーはぽんぽんと少女の頭を撫でた。赤の髪は癖が強い。
 跳ねを辿り、毛先まで指を滑らせる。恋人のように絡ませるわけではない。慈しむ、そんな表現がしっくりくる触れ方だった。


「その抜けている奴は、人を楽しませるのに向いていないのかもしれない。本人もそれが分かっているから、輪の中で騒ぐよりも、外から楽しんでいる誰かたちの様子を見るのを選んでいるのかもな」
「……その人は、寂しくないんですかね」
「大丈夫なんじゃないか? その輪の中心で騒ぐ誰かの笑顔を見るのが、好きみたいだからな」


 額に張り付いた髪を払う。触れた滑らかな額の感触に、心の何処かがざわついたような気がした。
 少女はキラーの言葉を受け取ると、一度口を開きかけ僅かに戸惑いを見せた。
 唇を噛み締めた様子を黙って見つめる。

 うっかりこれ以上何かを口にしてしまうと、今必死に少女が形にしようとしている言葉を砕いてしまいかねないと思ったのだ。
 柔らかで無防備な彼女の心を傷付けてしまっただろうか、と。僅かな不安がもたげる。
 そう思うくらいに沈黙は長く、少女の眉間には皺が寄っていた。

 言葉を発する以外の手段は何かないかと、髪から指を離し考え込んでいたキラーは、唐突に掴まれた手首に意識を無理矢理引き戻された。


「なんで、楽しませるのが苦手だからってその人は輪から離れなきゃいけないんですか。意味分かりませんよ、その理屈」


 そうして、眦を吊り上げてこちらを見据える少女に、己の心配がまったくの杞憂であったことを遅まきながら悟った。


「楽しいことする時に、どうして人を楽しませること第一に考えんすか?
 オカン精神にも程がある。世話焼きも過ぎると欠点になりますよ」
「例えば、の話のはずだが」
「知ってます。だから、その例えばの中のどっかの誰かさんに勝手に切れてるだけです」


 べ、と舌を突き出し少女がぷいとそっぽを向いた。
 爪先が地面を蹴り、乾いた土が簡単に抉れる。青臭い、夏特有の香りが強くなる。
 斜め下を向いた瞳は、不機嫌さをまったく隠していない。唇を尖らせたその反応は、あまりに幼稚だ。
 だからこそ、胸の内の不満をはっきりとキラーに突き付けてくる。


「その誰かは、知らないんだ。輪の中でバカみたいに笑ってる奴は、その人がいたらもっともっと笑えるのに。楽しませてもらいたい訳じゃない。一緒に楽しみたいのに」


 この少女は、いつもキラーが輪から離れたことに気付くと、必ずこちらの姿を探す。探して、目が合うとホッとし表情を緩めて、それから名前を呼んで駆けてくるのだ。
 そんな表情をさせてしまうとは。駆けてくる赤の尾を見る度に、キラーは更にそっと輪から抜けるようになっていった。
 それが自分が取るべき本当の行為と正反対だったのだと、今更ながら気付いたのだ。

 名を呼ぶと、焦げ茶色の瞳がキラーを見上げる。拗ねてます、と言外に示す様に悪いとは思いながらも微笑ましさに口許が綻んだ。


「また、例えばのお話ですが」
「いや、それはもう終わりだ」


 何処かの誰かでも、奴でもなくて、今目の前にいる少女に聞きたいことがあった。
 そして、彼女はきっとキラー本人に答えたいことがあるのだろう。


「お前は、寂しいか?」


 撫でようと伸ばした指先に、高い体温が触れる。今度は真正面からキラーを見つめた少女は、きっぱりとした口調で言い切った。
 寂しいですよ。飾りも見栄も何もない言葉は、すんなりと耳と体の内側に染み込んでいく。


「あたしの笑ったバカ顔が好きなら、キラーさんは離れてないで傍にいてくださいよ」


 暑さだけじゃないことに頬を染めて、鋭い視線が下から突き刺さる。甘さなんてない。
 それでも、この空気が心地よいのだから随分と自分もこの少女に染められたものだ。


「おーい、最後の打ち上げ花火やるぞー」


 のんびりとしたアプーの声が手招く。ネズミ花火の騒動は一段落したらしい。
 今度は打ち上げ花火に誰が火をつけるかで言い争っているようだ。騒ぎの種が尽きない奴らだ。
 その不毛な争いも、ピザをくわえたボニーが三人からライターを奪ったことで終息した。


「行かないのか?」
「行きますよ。もちろん、キラーさんも一緒に」


 すっと伸ばされ小さな手が、キラーの腕を掴む。
 純粋な強さで言えば、抗えない力ではない。それでも、その手に引かれるままに足は前へと踏み出していた。
 向かった先は、手招く声の方。欠けたサークルを完成させるため少女は小走りに駆け出し、キラーもつられて走り出す。

 ぱん、と空気を弾く音がして白い煙が後を追う。
 開いた火の花に、少女の横顔が照らされた。
 十六連発だーと騒ぐルフィたちの声に被せるように、次々と種が打ち上げられる。

 同じものを何個も買いそろえたらしく、ボニーが一気に点火し、花が咲いていくと夜空が赤々と明るくなる。
 顎を反らし、上を見上げていた少女がキラーの視線に気付き笑う。光に縁取られたその笑みは、これまで見てきたどの笑顔よりも輝いていた。

 なるほど、この笑みを間近で見られるのなら輪の中にいるのも悪くない。
 キラーは同じく空へ手を伸ばす炎のラインを見上げ、微笑んだ。











****

キラーもペンギンも、いざという時のために輪の外側で見守ってそう。何かあったらすぐ動くために。
各海賊団のストッパー

端から見ればもう両想いなのに、生温いところでお互い通じ合ってるって組み合わせが好きだ。
 


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ