五十音順愛の詠book
□五十音順愛の詠 『く』
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くるしい、よ
一体全体、どこをどう間違えたらこんな状況になるんだ。
一度真っ白になった頭は、ようやく動きだしたと思っても、さっきからずっとその繰り返し。
すぐ間近にあるワックスで固めたオレンジブラウンの髪、こめかみから直接響く低音の声にぐるぐる頭の中が回る。
視界もぐるぐる回って、今にも倒れてしまいそうだ。
「シスター」
「はい!」
「心拍数が異常だが、何か身体的問題でも発生したか?」
微塵も揺らぎのない声で言われた言葉が、これほどまでに憎たらしいとは。
頬を寄せる特警の灰色の制服に鼻を埋め、深呼吸を一回、二回――
駄目だ。硝煙の香りに余計心臓の駆け足が早まってしまった。
「あなたがそれを言いますか……っ!」
呟きに答えるように回された手が、背中をぽんぽんと軽く撫でる。
そっと、何度も繰り返される控えめな所作は、機械なんて嘘みたい。
ステンドグラスから零れる色彩のカーテンが、聖堂内を柔らかに照らす。
隣の部屋では、午前中駆け回るだけ駆け回った子供たちが夢の中で遊び回っているだろう。
なんとも平和な昼下がりだ。それなのに、それなのに、だ。
自分と彼ときたら何をしているのだろうか。
第三者が今の状態を見たら、こう表すだろう。
あの異端審問官のブラザー・バルトロマイが、Axのシスターをあやしている。
そう、その一言に尽きるのだ。
椅子に座った彼の膝に抱き抱えられ、その肩に額を宛がって俯いている。
そして、俯く要因を作っている本人はと言えばいっそ暢気と言ってやりたいくらい穏やかに背中を撫でている。
こんなところを起きてきた子達に見られたらと思うと、目眩がより一層強くなる。
熱の集まる顔を押さえて身悶えしてしまいたい。
そんなささいな願いも、自身を囲む腕のせいで叶わないのだけど。
最近、寝付きが悪くて睡眠不足だと言ったのは確かに自分だ。
そして、眠れないとぐずる子をバルトロマイの前で抱っこしてあやしたのも。
人肌の温もりがあるとよく眠れますよね、と笑って同意を求めたのも。
全部、自分だ。
しかし、まさか、それがこんなことに結び付くと誰が予想できただろうか。
ついさっき、ぐずった子にした手を完璧に真似てバルトロマイが背中を撫でる。
恥ずかしい。とにもかくにも、恥ずかしい。
目の前の灰色の制服を掴み、ゆっくりと息を吐く。
自身の吐息の熱っぽさに、くらくらする。
「息が詰まって死んじゃいそうです」
その囁きに力を入れすぎたものと考え、囲いが緩みかける。その腕に、指を添え引き留めた。
訝しそうにバルトロマイが名前を呼ぶ。
恥ずかしい、のだけれど。
顔が熱くて、じわりと涙が目に滲む。
「どうしようもなく苦しいですけど、離さないでください」
お前の発言は矛盾している、と囁かれた言葉は微かに笑っているような気配を含んでいて。
抱き締められた腕の強さに、あれ、はめられた?なんていう思いも彼方に飛んでいってしまった。
あとはただ、与えられる温もりの中、甘い息苦しさに身を任せるだけだ。