五十音順愛の詠book

□五十音順愛の詠 『き』
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みの瞳に移り込む

 血の色みたいよね。

 己の瞳を表する時、彼女は大体そのような言い方をする。
 自嘲と言うよりも、本心からそう思っているらしく、軽口の延長のような感覚で口にされるそれに、しかしペテロがつられて笑うことはなかった。

 その軽口を聞く度に、怒りのような悲しみのような不明瞭な感覚が喉の辺りを塞ぐ。
 当たり前のように、他者から言われた蔑みに軽く笑って返してしまえる程に、彼女の奥深くにはそんな感覚が根付いてしまっている。
 無意識に口から出る言葉は、これまでに浴びせられてきた中傷の破片がどこかに刺さったままだからだ。

 彼女に向けられた理不尽な暴力の内、自分が知っているものなどたった一握りでしかない。
 その言葉を聞く度に、そういった感情が胸の中に渦巻いてペテロは強く拳を握る。
 そうではない。そんな悲しいものではないだろう。


「シスター」


 名を呼べば、書面の文字を追っていた視線がこちらに向けられる。
 今さっき口にした軽口の言葉の名残か、少しだけ口角が上がっていた。

 彼女の前に膝を折り、頬に指を添えると、ペテロはそっと額を合わせた。
 すぐ目の前に、赤が瞬いている。


「汝の瞳は、真っ直ぐに、赤々と燃える汝自身の生命の色だ」


 笑うものでも、ましてや蔑まれるものでもない。
 ただ、ひたすらに美しく尊い赤色だ。

 その瞳が、自分の信念を語る時、心ない中傷を受けてなお迷いなく進もうとする時。
 どのように輝くのかを、ペテロは知っている。
 彼女の強い意思を映して輝く、その煌めきをどう言葉にすればいいのだろう。

 ゆっくりと紡がれるペテロの言葉が終わると、彼女は小さな声でぽつりと呟いた。
 そんなこと、初めて言われたわ。
 言葉と同じくらい静かに、その頬を透明な雫が伝い落ちる。

 軽口のついでに浮かべるような薄い笑みではなく、涙で濡れてくしゃくしゃになった顔で彼女は「ありがとう」と笑った。
 真っ直ぐに己を見る赤い双眸に、自身の姿が映りこむ。
 その瞬間、ペテロは熱い感情が胸にせり上がってきて、堪らず彼女を強く抱き締めた。
 

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