五十音順愛の詠book

□五十音順愛の詠 『う』
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しろ姿もベリーキュート
※オリキャラ出てきます。夢主はほぼ出てきません。



 殺戮人形。などという実に物騒な呼び名を持っているブラザー・バルトロマイは、その名が表すように、人ではない。
 人間では到底及ばない優秀な知能と、脆弱な肉体などとは比べようもない鋼鉄の体を持った、機械だ。

 人でないからこそ、何倍も人よりも優れていることを生まれながら、彼らの言葉を借りるなら、起動を開始した時から約束されているバルトロマイは、これまでその期待を裏切ったことなどただの一度もなかった。
 いつだって彼は、その人間離れした戦術と技量でもって、教理聖省に多大な貢献を果たしてきたのだ。

 しかし、異端者たちから悪鬼のように恐れられている――実際、まだ鬼や悪魔の方がユーモアを解する親しみやすさがあるはずだ――キリングドールは、現在、たった一つの質問を前に、酷く手間取っていた。

 質問を口にしたのは、彼の腰ほどの身長しかない少年である。
 雀斑の浮いた色白の顔に、栗色の前髪が良く似合っていた。少年は興奮に頬を赤く染めて、ひたすら「凄い」「かっこいい」などと賛辞の言葉を雨霰と降らしてくる。

 そして、バルトロマイを挟んで少年と反対の位置にいるのは、大人びた黒髪の少女だ。
 こちらはこちらで、にこにこと実に楽しそうに端正な顔を見上げている。年頃の無邪気な、とは言いにくい笑みであるが、生憎とバルトロマイは目の前の少年への返答処理にかかりきりになっていたので、彼女の表情の奥まで観察する余裕がないのであった。

 泣いている子は更に泣き喚き、大人でさえ口を噤んで道を開ける。そんな教皇庁内でもずば抜けて畏怖される異端審問局員に、何処をどう間違えて年端もいかない子供たちが親しげに声をかけているのか。
 子供たちが暮らす孤児院に、バルトロマイはあるシスターと共に度々顔を見せているのだが、市場の人々がそんな事情を知る訳もない。

 また少年が、鼻息も荒く賛辞を口にする。きらきらと光る眼でバルトロマイを見上げては、先程から何度も訂正を試みている事柄を、未訂正のまま繰り返すのだ。


「遠くの後ろ姿見ただけで、一瞬でどんな相手でも分かるなんて、ブラザー・バルトロマイってすっごいんだな!」
「否定だ。ヨハン、俺は感知しうる情報すべてを照合して、身元を把握しただけだ。今回のことと、すべてのターゲットを常時瞬間的に判断しうることとは、イコールではない」
「でも、実際シスターだったじゃん。なあ、ダニエラ?」
「うん」


 力強い頷きに応援され、ヨハンが胸を張る。
 この微笑ましいような、不毛なようなやり取りの始まりを知る第三者がいれば、現在とのちぐはぐさに異端審問官への恐れも忘れて大笑いしたことだろう。

 始まりは、実に些細なことだった。
 偶然出会ったヨハンにじゃれつかれていたバルトロマイが、休日で人の波が途切れない市場にシスターの姿を見つけたのだ。

 時間があれば孤児院に顔を出すシスターのことは、勿論ヨハンだってよく知っている。
 口に出したことはないが、バルトロマイが来るようになった当初は「俺の方がシスターのこと前から知ってるんだからな!」と良く分からないもやもやした気持ちを抱いていたことだってあったのだから。

 大好きなシスターの名前に、バルトロマイの肩によじ登っていたヨハンは、急いで視線の先を追った。
 が、少年に分かったのは、春の温かな日の下、活気に満ちた市場の光景だけだ。

 女性ながら僧服を身にまとったシスターは、スカイブルーの髪色も手伝い、実に目立つはずたのだが、何処にも見当たらない。
 もう既に何処かの通路に入ってしまったのか。だとするなら、バルトロマイが見かけたの時間などものの数秒もないだろう。

 見間違いじゃないの?
 つい拗ねる口調でバルトロマイを責めたが、硝子の瞳は、遠く市場の曲がり角をじっと見たままはっきりと否定を告げた。

 シスターで間違いない。
 言葉の強さに、子供心も頑なになっていく。最近は忘れ始めたもやもやまで復活してしまう。
 どうして、なんで。一方的な喧嘩口調でヨハンが問を重ねていた所に、ダニエラが登場したのだ。

 こちらに来る前にシスターに会ったのだという言葉に、ヨハンの、ヨハンだけの喧嘩は敗北に終わった。
 しかし、年頃の少年の心というものはどうにも難しい。苛立っていたことなどすっかり忘れたヨハンは、バルトロマイの能力の高さに感心しきりになっていた。

 できる男、というものへの憧れなのかもしれない。
 もっとも、そのできる男本人は、ヨハンの勢いに押されっぱなしである。ついさっき、シスターだと断言していた強さが嘘のようだ。

 ダニエラがもたらした情報が、更にヨハンをたきつける。
 無表情なりに困惑するバルトロマイを笑顔で見守れる辺り、この少女の将来に一握り以上の不安を感じなくもない。
 
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