OP短編
□愛の炎
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歓楽街へと繰り出す輩たちでざわつく甲板とは反対に、回りを取り囲む海はいたって静かだ。さざ波が寄せては引く海面に、ぽかりと丸い月が浮かんでいる。
波間に揺れるモビーディック号を照らす明かりは、柔らかい。
夜の海はタールみたいに真っ黒で、濃度まで増したような気にさせる。
「騒がしい奴等だ」
「こんな大きな島に来たのも久し振りですし。多目に見てあげましょうよ」
「毎回多目に見て、ろくなことになった試しがねぇよい」
酒も入り上機嫌に船を降りていく耳には、一番隊隊長の、面倒を起こすなよ、というたった一言もちゃんと聞こえているのかどうか。
足元が大分怪しい四番隊の隊長が、笑顔で手を振っている。
たぶん、と言うか絶対分かってないだろう。
酔っぱらいの相手に疲れを滲ませたマルコ隊長が、重い溜め息を吐き出し肩を回した。
肩揉みしましょうか?
ジェスチャーで表せば、年寄り扱いすんない、なんて苦笑されてしまった。
賑やかさを引き連れて行く船員たちの波間に、年若い二番隊隊長の姿を見つけた。
そばかすの浮いた愛嬌のある顔は、今もとびきり楽しそうだ。
その理由が酒や久し振りの上陸だけじゃないと気付いたのは、彼が白衣に包まれた腕を握っているのを目に止めたから。
よたよたと人の勢いに押される少女は、エースの導きがなければ当に飲み込まれてしまっていただろう。
分厚い眼鏡を押さえ必死に歩く船医は、日頃から外に出るのが好きではなかったはずだが。
流石の引きこもりな彼女も、エースの再三再四の誘いを断りきれなかったようだ。
そう言えば、どうにか気を引く材料を見つけようと、女の子が好きそうな店があるかナースたちに聞いていたっけ。
エースの必死な顔を思い出し、それならば、念願叶った今あんな風に破顔するのも無理はないと納得。
微笑ましさに、口許がついつい緩まる。
「餓鬼だねぇ」
「可愛いじゃないですか」
マルコ隊長も二人の姿には気付いていたのか、呟いた言葉に反して、浮かんだ笑みは柔らかかった。
機会を見つけては果敢に船医室に足を運ぶエースは、今ではちょっとした名物だ。
「あんなに一生懸命口説いてるのに、中々報われないのも不思議ですよね」
「相手が相手だから、仕方ねぇ」
誰から見てもはっきりしてる好意は、彼女も分かっているようだが、そこから先に進まないようだ。