五十音順愛の詠book

□五十音順愛の詠 『け』
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ど、やっぱり

 久しぶりの降り立った陸、食料の買い足しに向かった酒場でろくでもない噂を耳にした。


「へえ、どんなだ?」
「ハートの海賊団船長のトラファルガー・ローは数々のえぐいことをやってここまで来た、って」


 そのえぐいことの内容というのも、なんだか酷く眉唾物が多くて、引かれていた興味も一気に失せてさっさと帰ってきたのだけど。
 買ってきた酒瓶を机の上に出して確認しながら、聞いてきた限りの噂を話して聞かせる。
 机に足を乗っけた行儀の悪い姿勢で話を聞いている船長の口許は、怖いくらいに笑っている。
 そんなに面白い話か、これ?


「で」
「は?」
「お前はそれをどう思ったんだ」
「どうって、ほんとの話じゃないじゃん」


 リストの確認を中断して尋ねれば、返ってきたのは「さあ」というあんまりな言葉だ。
 肩を竦めてにやにや笑う船長に、不気味なものを感じながら今しがた言ったばかりの噂の内容を頭の中で反芻する。

 曰く、降り立った島の島民を理由なく虐殺したとか。
 曰く、頭の中が楽園になる薬の製造をやってて、廃人になった人間は数知れずとか。

 そんな、よく裏町で酒のつまみに聞くような話だ。
 この手の類のものは一夜の興を満たすために荒唐無稽で、もう創作話じゃんかそれって奴が結構多い。
 だから、聞いても無駄だと思ってたのだ。


「……ほんとの話じゃ、ないよね?」
「さぁな」


 嫌な汗が、背中を流れた。じっと見返した船長の顔には、さっきまでのにやにや笑いなんて欠片もない。
 無表情のまま、「どう思う」と繰り返された台詞がひやりと首筋に突き付けられた。
 部屋の中の空気が一気に重くなる。
 ごくり、と飲み込んだ唾の音が耳についた。


「あ、あたしは」
「ん?」
「あたしは!」


 だん、とリストを机に叩きつける。
 乾いた口の中は気持ち悪くて、よく分からない怖さはまだ付きまとっていたけど、こんなものに負けてたまるか。


「あんたがどんだけ最低最悪な奴でも、それでも、この海の果てまでついてく!」


 あたしが見たい海は、あんたの隣から見る海なんだ。だから、んな噂知ったことか、バカ船長!
 言い切って、文句はあるかと睨み付ければ、船長は帽子の影で目を丸くしていた。
 珍しい様子に感動できたのはものの数秒で、驚きが過ぎ去った船長は机に顔を埋めて大笑いを始めやがった。


「おい、こら、船長。人に聞いといて笑うたぁ、いい根性してやがりますね」
「くくっ、だってなぁ。まさか本気で答えるとは、ははっ」
「笑うな!」


 恥ずかしくて熱くなった頬を、リストで扇いで冷まそうと頑張ってみる。
 残念ながらぺらっぺらの紙が起こす風量なんて高が知れてるけど。
 笑いの波が収まらない船長はほっといて、確認し終えた酒瓶を地下貯蔵庫にしまう作業に取りかかった。

 十分ぐらい経って、全部しまい終わって戻ってきてみれば、ようやく船長は笑いが治まったらしい。
 それでも、頬杖ついてこっちを見る唇の端は上がってる。


「なんだよ、まだ笑いたいのかよ」
「いいや。なぁ」
「なに」
「おれの船に乗った奴は全員おれのもんだ。たとえ嫌がって降りようとしても、離してやらねぇから安心しろ」
「さらりと人権無視の発言しやがったな」
「嬉しいだろ?」


 泣いて暴れて拒否しても、海の果てまで連れてってやるよ。
 噂の真偽はこの際気にしないとして、恐ろしいことをさらりとしかも若干笑顔で言う辺り、人間として問題があると思う。

 あると、思うのだけれど。
 そんな恐ろしいこと言われて、少しだけほんとに少しだけときめいてしまった自分も、やっぱり相当ヤバイんだろう。
 

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