03/25の日記
14:02
燦 会話。
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月村様へ((ry
燦 伊月と燦の会話。
俺が再会した生まれてすぐに生き別れた兄弟はとても面倒な生き方をしている。
色んなものに縛られて肩肘張って不恰好にいろいろなものを引き連れているくせに、それに自分で気づいていないのだ。
それは江戸に出てきてからますます助長されたようで、田鶴の城では自由だったことすら出来なくなった。
屋敷の伊月の部屋にするりと忍び込み、背後から声を掛けた。ぴくりと肩が揺れる。
俺の姿を認めると、伊月はふぅっと溜息をついた。
「燦、来ていたのか」
「圭寿に呼ばれて。ったく、あいつは俺がいつも暇だと勘違いでもしているんじゃないか? 伊月からも言っておいてくれよ」
「燦、圭寿さまを呼び捨てにするな。……まあ、進言はしておこう」
言外に、まず多分なんの諌めにもならないとは思うが、というあきらめの雰囲気を感じる。
残念ながらそれは俺も同意で、肩をすくめてどかりと畳に座り込んだ。
「堅苦しいな本当に。お前、なんで俺が圭寿に呼び出されたか知ってる?」
「いや」
「お吉のことだよ。女掏獏ってのはどんなもんだと根掘り葉掘り。勘弁してくれよ、この間だって猟師小屋とはどんなものか、とか虎ばさみは何に使うものか、とか散々だったんだから」
「……まあ、大目に見てやってくれ。お前も分かるだろう燦。圭寿さまはそう簡単に市中に出られる立場じゃない。ましてや」
「次期田鶴藩主、だもんなぁ」
「次期、もいつまで冠詞に出来ることか」
「ああそりゃあ」
ご愁傷様、と呟くと、突っかかって来るかと思った伊月は盛大な溜息をついた。
「茶でも淹れようか。菓子は何がいい」
「落雁。桃色の」
ん、と頷くと伊月は襖を開け近くを通りがかった女中に茶と菓子を頼み、また部屋に戻ってきた。
その表情は僅かに翳っている。
「いいご身分だな。自分の客に自分で茶も淹れないのか」
「そうしたいのは山々だが。ここにいると田鶴よりもずっと縛りが多い。台所には足を踏み入れられないのだよ」
「面倒だな」
「ああ」
伊月は文机に向かうとさらさらと一筆書き、それを俺に手渡した。
広げると、通行許可証、と書いてある。
「お前の来訪は急すぎる。門番に不審がられるのも大変だろう。かといって忍び込まれても困る。だから渡しておく」
「ははん、なるほどね、関所の通行手形みたいなもんか」
「俺の名ならたいてい通じるだろう」
「いいご身分」
再度言って、伊月の顔を正面からまじまじと見つめた。
すっと通った鼻筋。意志の篭った目。そのくせ動きは全部、がんじがらめにされている。
そして、その縄の先を持っているのは、きっと圭寿なのだ。
「お前は面倒だな、伊月」
そんな生き方は俺には到底不可能だ。一日だってそんなにくくりつけられたら生きていけない。
皮肉と賞賛交じりでそういうと、伊月はきょとんとして首をかしげた。
「そんなの今更だろう」
「まあそりゃあね」
俺の兄弟は強い。
不恰好で肩肘もずっと張りっぱなしで体中縄に括り付けられた毎日の癖に、それを当然のように享受して、模索し続けている。
「まあ、適度にがんばれ」
「……ああ」
背を押すことは柄じゃない。
が、不恰好に探る一歩に手を貸したいと。そう願うのは。兄弟、だからなのだろうか。
「伊月様、お客人にお茶とお菓子をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
女中の細い声がして、伊月が茶菓子を取りに向かう。
盆の上には茶が二つ、それから色とりどりの落雁が並んでいた。
「圭寿に」
「ああ」
「言っておいてくれ。あんまり気軽に呼び寄せたりするなよ」
「心得た」
桃色の落雁を一つつまんだ。口の中でほろほろと溶けて消えていった。
「ん、うまい」
「それはよかった」
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