稲妻1

□アンダンテ
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アンダンテ


「花嫁は、」

 逃げられないように、と宮殿の最奥部、最上階の部屋に押し込めた少女の様子はやはり浮かないようで、柄にもなく心配して ふう、と溜息を付いたのが私だった。

 笑ったら綺麗なのだろうと推測する顔が、曇ったままと言うのは、何となく許せなかった。


 罪悪感なんて今更だと自嘲した。この手は既に天を穢すだけの邪悪に染まりきっているのだろう。

 優しく、高潔であれと願った昔の私はもう見る影もなく過ぎて、使途を名乗る今の空っぽな私は未だ存在意義を見つけられず。

 なんだ、それでは魔界のもの達となんら変わりも無いじゃあないか。


「セイン?」

「花嫁」


 石畳の部屋をコツリ、と音を立てて歩いたのが、花嫁。

 声は幾らか気落ちしているようで、それが下界の者達と話していたときに聴いた明るく、日の光を浴びたような声とは遠くかけ離れ、私はまた苛立ちと、許しがたい何かを感じるのだった。


「その、花嫁ってゆうの、止めて貰えへん?
 誰とも結婚する気は無いしお断りや」

「お前には、魔王の花嫁となって貰わなければならないからな。断る」

「はぁ?それって体のいい言い方しとるけど、つまりは生贄になれゆーことやろ?
 天使だか悪魔だか魔王だか知らんけど、随分自分勝手なんやな。人の事巻き込まんといてや」


 それに、と彼女は憔悴した顔に幾らか悪戯っ気のある笑みを浮かべて、私の目の前にたった。


「あんた、納得してへんのやろ?
 なんだかんだで、儀式とか、花嫁とか、胡散臭いと思ってんとちゃう?
 伝承のカギ、っちゅーもんがほんまに効力があるのかとか、疑ってんのやろ?」

「う、るさい」


 それがいかにも図星であることを悟られうろたえている様な声音であったことに、自分で驚いた。

 彼女は私の気持ちを引きずり出すことに長けていたのかも知れない。後日、身をもって知ることになるのだが。


「な、セイン
 うちの仲間な、きっとうちのこと助けに来るよ」

「何を根拠に」

「そりゃ仲間やから
 それにな、きっとあんたらもあいつらにあったら変わるで。いい方向に」

「どうだかな」


 何故だか、彼女の言うとおりになる気がした。

 視線を逸らした私を、今度は間違いなく、下界にいたときと変わりない笑顔で笑うのだった。

 その笑顔が、私の胸を掠めて、しかし過ぎることなくとどまっていたのは、きっと嘘じゃない。




歩くようにゆっくりと浸透する懐柔

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