稲妻1

□体温を望んだ
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体温を望んだ


 朝早くからランニングに興じる。
 朝の韓国の空気は、日本よりも少し寒い。
 それでも懸命に動かした体は徐々に温まってきて、僕はそこで初めて大きく深呼吸した。

「・・・・・・ふ、馬鹿みたいだ。」

 どんよりと空を覆う雲の向こうの、遮られた光に手を翳す。
 音もなく、頬を何かが滑り落ちた。涙だった。
 そう理解した途端、視界がぐにゃりと歪んで。
 道端にしゃがみこんだ僕を道行く人々は不審げに見ながら通り過ぎてゆく。

「亜風炉?」
「・・・南雲君。」
「どうしたんだよお前、大丈夫か?」
「うんまぁ。ちょっと張り切って走りすぎたかな。大丈夫さ、神に燃料切れなんて無いからっ!!」
「お前言ってることが支離滅裂なんだけど。」

 パサ、とほんの少しの重量が肩に掛かる。
 確認すれば、それは南雲君のパーカーだった。

「んな寒そうにしてんなよ。貸してやる。」
「・・・ありがとう。」

 小さく微笑んで受け取らせてもらった。
 彼の体温をまとったパーカーは、少しばかり僕を温めた。

「あの、さ、南雲く・・・・・・
「ところでさ、お前風介見てねぇ?自分で呼び出しといて、いないんだもんよ、ったく。」
「・・・知らない。」
「そっか、悪ぃな。」

 嘘、本当は同じことを十数分前に聞かれたんだ。

 “晴矢が見当たらない。亜風炉、君は何か知らないかい?”

 そういった涼野君の表情は珍しく歪んでた。
 何だろうね、この二人。
 結局相思相愛で、初めから僕の入り込む余地なんて無かったんじゃないか。

「・・・嘘だよ。涼野君ならさっきあっちの方走ってった。君を探してたみたいだから、すれ違いじゃないかな。」
「そうか ! ありがとな、亜風炉っ!!」

 パァッと顔を輝かせて駆けていく南雲君。
 静かに見送ってから、パーカーをきつく握り締めた。

「頼むから。」

 僕の前で他のやつのために笑わないで。
 そんなに嬉しそうにしないで。
 ごめん、本当は。

「君のことが好きだった。」

 羽織っていたパーカーを畳んだ。
 立ち上がって、パーカー片手に僕はまた走り出す。
 体温を失ったそれはそこはかとなく寂しかったけれど。
 これを着るのは僕じゃないと自己暗示して、何事も無かったかのように、僕は空を見上げるのだ。

 雲は、何処からも消え去っていた。



届かない
(想いはおろか、声さえも。)

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