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□夏休みは楽しむが吉
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京都中どころか日本全国を騒がせた殺人鬼、零崎人識がひょっこりと顔を出したのは、夏の暑い日のことだった。
盆地でただでさえ暑い京都の、間隙も間隙のような場所にひっそりと建つこの骨董アパートを賑わせて、零崎は揚々とぼくの部屋に訪れたのだった。
「いーたん、夏だぜ」
「そうだね夏だね、暑いもんね、知ってる」
「満喫しなきゃ」
「ごめん、日本語が分かんない」
何言ってるの零崎、とぼくはじっとりとした視線を向ける。零崎はたいして気にした風もなく、これだよこれ、とその手にぶら下げていた大きなレジ袋をぼくの眼前に持ってきた。
「プール! 入ろうぜ!」
夏休みは楽しむが吉
骨董アパートと他の家の間隙は実は結構広い。
ちょっとした一軒家の庭くらいある。その間隙でスパァン! とすいかがいい音をたてて割れた。
しかも真剣でも使ったのかと見紛うような、きれいな切り口だった。
すごいですみい姉さん、と崩子ちゃんと姫ちゃんが飛び跳ねる。
みいこさんが、どれどれ、と目隠しをはずして自分の成果を見た。そしてうむとうなずく。どうやら満足したようだった。
ぼくはビニールプールからすいかを冷やしていた氷を取り出して、アパートの隅に放り投げる。
待ってましたー! とばかりに零崎が思い切り飛び込んで、コンマ数秒ででてきた。
「冷たい! やばい!」
「当たり前だろ、氷入ってたんだよ氷」
「じゃあお湯沸かして入れよう! 中和中和!」
「すぐあったまるよ、ここ日当たり良いし」
みいこさんが半分に割れたすいかを切り分ける。それを萌太君が次々大皿に盛りつけた。
零崎はそろりと慎重にプールに足を着け、具合良かったのか、今度はそのままプールの中に体を沈めていった。
「零崎さん、すいかはいかがですか?」
「おー食べる食べる。種飛ばし大会やろーぜ」
「あっ、楽しそうですね! 姫ちゃんも参加します!」
「ふうむ、そういう催しなら是非私も混ざりたい」
「萌太がやるなら私もやります」
「っていうか誰か奈波さんも呼びませんか」
「あの魔女がこの場に来たら確実に面倒くさそうだからいやだ」
「ししょーはホントに魔女のお姉さんと仲が悪いですね」
「魔女?」
「零崎は黙ってて、話がややこしくなるから」
「七々見はいわゆるあれだ、腐ってる方のあれだ、察しろ」
「……あ、あ、ああー」
「とにかく面子ばっかり増やしてもすいかの食い分減るしいいんじゃないの」
「そうと決まりゃ即刻種飛ばし大会しよーぜ!」
「君はいったい何に情熱を燃やしてるの」
と言いつつみんなそれぞれにすいかを手に取った。
プールに浸かりっぱなしの零崎に合わせてそこまで下がる。零崎がプールの中で立ち上がった。
しゃくしゃくと食べ進め、種が口に入ったところで止まった。
「いー兄、一番飛ぶ人誰だと思います?」
「自信満々だから零崎、と見せかけて崩子ちゃんあたりが大穴とか」
「戯言遣いのお兄ちゃんの私への不当な扱いに激おこです」
「まあいいから行くぜー、せーのっ!」
せいやー! とよくわからないかけ声とともに零崎が種を飛ばした。さすがに結構飛ぶ。
「へー、口だけってこともないね」
「だろだろ! 得意なんだぜ!」
零崎、ぼく、崩子ちゃん、萌太くん、姫ちゃんと次々に飛ばして、最後の最後にみいこさんがふっ、と飛ばした。
これがもう、零崎をかるーく越えたのだった。
「……ダントツですね、みい姉さん」
「零崎」
「うっせ! びっくりだよ!! こんなとこに伏兵!!」
「ははは、身長分高さがあっただけだよこんなのは」
「俺背の高いお姉さん好きだけど今はじめてイラっと来た! でかくなりたい」
「おそらく不可能不可能」
「欠陥!! 殺すぞ!!」
「自分で企画しといて負けたからってぼくに当たられても困る」
いーじゃん二位だよ、とぼくはプールにぶくぶく沈んだ零崎の頭をなでる。しばらくするとぺしりと手をはたかれた。
「ムカツク」
「はいはい」
ぼくが零崎をなだめている間に、すいかは全部売り切れて、ほかのみんなは片づけを始める。あらかた片づいたところでみいこさんがくるりと振り返った。
「いの字、私たちはそろそろ撤収するがお前たちはまだいるのか?」
「今日の夕飯のお買い物にいくんです! 今夜はみいこさんのところでと一緒に冷やし中華ですよ師匠!!」
「ぼくはもうバイトですね。崩子、ちゃんと手伝いするんですよ」
「わかってますよ萌太」
「んー、まあ、もう少し、というかプールの片づけもありますし」
「そうか、じゃああとは頼んだぞ。……と、いの字」
「は……いっ!?」
どん、とみいこさんに背中を押されて、ぼくはつんのめってビニールプールに頭からつっこんだ。冷たい水が服に入り込んで、ついでに零崎と正面衝突する。
みいこさんは楽しそうにわらった。
「お前も少しは遊んでろ」
「そうですよ、いー兄も納涼です」
「鏡さんといちゃこらしてください!」
「姫姉さまそれは魔女のお姉さんとおんなじ思考回路なのですけど」
びしょぬれになったぼくを心配するでもなく、四人はくるりときびすをかえしてアパートに戻っていく。
「あー、なんつーか、ドンマイ、欠陥製品」
「……戯言だ」
夏盛りに濡れネズミ。
ぼくがもうどうでもよくなってたがを外したのはこの直後だった。
▼夏めく空に飛ばした気分