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□あおいろ視線
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あおいろ視線


「いーちゃんが死んじゃった世界なら私はそんなのいらないよ。その時は全部、壊しつくしていーちゃんの墓前に捧げてあげる」


 だからいーちゃんは僕様ちゃんより先に死んじゃだめだよ? と友は哂った。くすくすと、楽しそうに。

 ぼくは死なないよ、と答えて友の華奢な肩を抱いた。


 あの日は晴天で、空には雲一つなくて、ぼくはまだ壊れきってなくて、友はもう青色サヴァンだった。






「お手軽愛情表現って何だと思う?」

「お手軽って時点で愛情が放棄されてる気がするんだけど、うーん、どうかな。抱きしめる、とか?」

「ぶっぶー、正解は視線を合わせる、だよ。視線ってすごいんだよいーちゃん、それで全部伝わっちゃうんだから」


 ねね、いーちゃん、僕様ちゃんの目を見て? と友。

 ぼくは小さく溜息をついて、友の目を見た。友はしばらくじっとぼくを見ていたけれど、やがて、あーあー、と残念そうにつぶやいた。


「いーちゃんの目は何考えてるんだかわかんない目だね。光の一点もないよ」

「何を言うか、ぼくの目はいつだって友の青色に一点集中だよ」

「戯言だけどねー! 今日のいーちゃんなんかちゃらい!」


 きゃっきゃと友は飛び跳ねる。所狭しの配線に足を引っ掻けやしないかと、ぼくは恐々としていた。

 こけるなよー、とぼく。こけないよー!、と友。


「でもねーいーちゃん。そんなんだから、僕様ちゃんはいーちゃん好きだよ」

「……それは、どうも」

「いーちゃんは僕様ちゃんの傍でずぅっとその瞳を僕様ちゃんにだけ見せててくれたらいいんだよ。僕様ちゃんもいーちゃんもそれでハッピーエンド! 続きはウェブで! いやいや、読者のご想像にお任せしますします!! ということでいーちゃん、エロいことしよ!」

「しないよ」

「何をいうかー! 僕様ちゃんにここまで言わせて男として乗ってこないのはひどいんだよ! さっちゃんに泣きつ……うわっ!」

「……あーもう、言わんこっちゃない。大丈夫?」


 案の定、友は足を引っ掻けて、思いっきり体のバランスを崩した。すかさずぼくは手を伸ばす。細い腕を手に取って、どうにか床との正面衝突は防いだのだった。

 そのまま抱え込んで抱きしめる。友はぼくの腕の中で借りてきた猫のようにおとなしくなって、ゆらゆらとその頭を揺らした。ぼくは黙ってその髪を透く。

 つい先日お風呂に入ったばかりの髪は朝の澄んだ空を溶かし込んだような、清廉な薄水色。さらりと指に絡まることなくすり抜けていった。


「ねぇいーちゃんは、覚えてる?」


 と、友がぼくの服の袖を指先できゅっとつまんだ。


「覚えてるよ」


 と、ぼくはそう答える。

 主語なんかいらなかった。友とぼくの間にある、歪で一方的な約束は、もう何度も何度も確認してはそのたびに、忘れないでね、で締めくくられてきたから。


 いーちゃんは僕様ちゃんより先に死んじゃだめだよ?


 今のところその約束は順調に守られていて、物理的に死にそうなのはどちらかというと友の方で。

 (まあ精神的に埋没したのはきっとぼくの方なのだけど)

 そんな言葉は戯言にすり替えて、心の奥底に沈めている。


 ならよし! と友は明るく言い放った。
 

「ところでいーちゃんにお願い事をしてもいーかな、うにうに!」

「お願い事? お前からぼくになんて、珍しくない?」

「面倒事なんかじゃないんだよ。ちょおっと、旅行に出るからいーちゃんに同行してほしいんだよ!」

「旅行? 典型インドア娘の友が?」

「うぐ、その言い方も僕様ちゃんに失礼なんだねいーちゃん」


 でも事実だから否定はできない! と友。ぼくは話を聞きながら、友の流れる青髪を三つ編みに編んでいく。

 
「赤神イリアちゃんから誘いを受けてね、来週末から孤島に旅行なんだよー。いーちゃん、もちろん一緒に行くよね」

「またなんだかめんどくさそうなところに」

「行かないの?」

「いや行くよ。友、いろいろ生活に負荷掛かってるしね。言うなれば、救助要員ってことでしょ?」

「僕様ちゃんの恋人ってことで」

「聞こえはいいね、戯言だ」

「むー」


 いーちゃんってばめんどくさいなー、そのめんどくささがまたいーちゃんだけどー。

 と友は言って、ふと振り返って笑った。心臓がどきりと音を立てた。三つ編みにしていた紙がはらりととける。


「今更視線なんかで確かめなくても僕様ちゃんはちゃんと知ってるよ。なんせ、いーちゃんのこと大好きで一番近くにいるのは、僕様ちゃんだもんね」

「……友は視線だけじゃなくて態度でも全部、わかるよ」

「うん、僕様ちゃんはいーちゃんさえいればいいから全部ちゃんと伝えてる」


 三つ編みでほんの少しだけ癖のついた髪は、ふわりとぼくの腕をなでる。友の瞳はどこまでも青くて、どこまでも澄んだ海の色だった。


「いーちゃん、愛してるよ」


 ぼくはその言葉に返事を持てない。だから抱きしめる腕にちからを込めた。友の瞳が猫のように細くなる。


「いーちゃんは本当に素直だね」




「いーちゃんが私を裏切ったら、その時は地球を破壊するよ」


 歪んだ愛情は強固な鎖だ。けっして引き千切ることのできない、柔らかな枷だ。

 壊れきったぼくの前にその言葉はだけど昔より軽かった。青色サヴァンはそれを知らないのかもしれない。

 (だって今のぼくは世界なんてどうでもよかった)






▼ぼくがせかいをまもるまえ


 

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