no title 4

□妄言サァクル
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プロローグ


「いるとしたらここだと思ったよ」

「そうか、そりゃ重畳だ。俺をここ以外ねーなと思ってた」

「再会するならそろそろかなとも思ってたんだ」

「そりゃどうも、まんまと引っかかったわけだ。ったく傑作だぜ」

「戯言だよ」

「どっちでもいーけど」


 するり、青年と隣に滑らせる体。少年の身のこなしは八年たってもちっとも衰えない。しなやかで強かな猫のようだ。

 いや、少年といっては語弊がある。なんたって彼はもう二十七にもなろうとするのだ。だがその服装も言動も顔立ちも、隣に並ぶ青年に比べるとまるで子供のようだった。


 おおそうだった、と少年は大声でわざとらしく独り言。ついでズボンのポケットからくしゃくしゃの小さな袋を取り出し、青年に放り投げた。


「おみやげ」

「みやげ?」

「そー。ちょっとした登山記念っつーの? 接待してくれたねーちゃんがやたらと俺好み。最高だったね」

「登山って。富士山にでも登ってきたのかよ」

「んーん、比叡山。かははっ、俺みたいな殺人鬼でも寺参りできちゃうわけなのな。地獄に引っ張り込まれないだけお優しい」

「どう考えても死後は地獄行きだから焦って引っ張り込む必要もないと思っただけなんじゃないか? ……で、開けていい?」

「おおもちろん。気に入ってくれるといいんだけどなーどうだろうなー」


 少年はわくわくと体を揺らして青年の顔をのぞき込む。青年はふぅっと深い溜息をついて少年の顔を片手でぐいっとどけ、袋に手をかけた。

 かさかさ、と鳴るポリエステル。取り出したのは小さな携帯ストラップだった。


「……一昔前のきみだったら、耳にかけてたんじゃないか?」

「流石に俺でも寺の建造物を耳にはかけたくねえかな」

「まあ、きみらしいみやげだといっておくよ。ありがとう」

「おう」


 青年は携帯を取り出すとストラップをくくりつけた。彼の携帯はとても古く、もう何年も前から姿を見ていない、アンテナが飛び出ている携帯電話だった。


「いーのかよ、そんな古い型式のケータイで。仮にも世界を股に掛けて活躍中の請負人さんが」

「いいんだよ。これは昔からの知り合い専用の電話なんだから。仕事用はちゃんとスマホ」

「あっそーですか」


 少年は小さく肩をすくめると、改めて青年の隣に座り直し、じっと川面を見つめた。

 鴨川の河川敷。高架下の薄暗く湿ったその場所には、普段は誰も寄りつかない。

 少年がここに来ようと思ったのは全くの思いつきで、そう、ただ昔懐かしくなっただけだった。そしてそれはおそらく青年も同様で。だから二人は今ここに集っていた。

 特にまじわす言葉もなく、さやさやと揺れる水面に風に、じっと視線と耳を傾ける。なんとなく、しっくりと何かが噛み合った気分だった。


「欠陥は」


 そのまま五分もたった頃、少年はぼそりと口を開いた。青年が首を傾げる。少年はわずかに口角をつり上げ、楽しげに言葉を続ける。


「成長したよなー」

「人間成長するものだよ」

「嘘付け、八年前のお前は停滞してただろーが。まるでブリキ人形だぜ」

「きみはブリキ人形をなんだと思ってるんだ人間失格」


 青年が呆れたように少年の頭を軽くたたく。ぺしり、と気の抜けた音が響いた。

 少年は腑に落ちないように顔をしかめ、それからへらりと微笑み青年に向き直った。


「俺さー、八年間の中でいろいろ考えてたことがあってさー」

「うん」

「俺が殺人鬼じゃなかったら。中学の時にお前に会ってたら。極め付きはこれだな。俺とお前が出会わなかったら。――――……色々、考えてたんだぜ。とりとめもない空概を。妄想を。虚言を。妄言を」


 少年はまっすぐに青年をみる。その瞳は鋭利で、まるで青年を体に突き刺すナイフのようだった。

 青年は困ったように肩をすくめ、それから少年の胸に人差し指を突きつけた。


「そのちっぽけ胸の内で、そんな壮大なこと考えてたんだ?」

「壮大かよ」

「壮大だね。人生を千回は繰り返せる」


 くすくすと青年は笑んだ。少年はそんな青年に驚く。八年前の青年は、皮肉気な笑みこそ浮かべはすれど、楽しそうに笑うことなどなかったからだ。


「きみはちっとも変わらないね。まるで出会った頃のまんまだ」

「褒めてんのか、貶してんのか」

「褒めているんだよ。丸くなったなーとは思うけど。それ以外なにも変わりはしないや」


 ふふ、と青年の口からとうとう笑い声が漏れた。少年がむっとして青年に掴みかかる。

 だが一回りも体格差が出来た今となっては、すぐにひっくり返されて劣勢になってしまう。おまけにぐるりと視界までひっくりかえされた。

 気がつけば、少年はすっかり端正になった青年の顔、その背後に橋の裏側と青い空をみていた。


「男押し倒すなよバカ」

「掴みかかってくるそっちが悪いだろ」

「じゃあ俺が悪かったから離せよ」

「いやだ」


 青年はそうきっぱりと言い切ると、少年の腕を引き自分の手の中に閉じこめた。焦りと驚きと羞恥で、少年の体温はぶわっと上がった。


「ねえ、聞かせて?」


 少年の耳元で青年が密やかに囁く。ついにぞわっと少年の肌が総毛立った。


「ぼくときみの関係に、いったい何を想像した?」

「……んな、大した話じゃねーよ。お前が妄想してるような、色っぽい話じゃねーっつの」

「あれ、ぼく色っぽい妄想してるなんて一言もいってないけど」

「……っあー! もう、お前にゃ一生勝てねぇよ!! わかった、話すから、離せ」


 心臓が持たねえ! と少年はわめき、しょうがないな、と青年は少年をその手から離した。

 ずざっ、と少年は後ずさる。近くの石を拾うなり、小石でごろごろした川辺に無理矢理線を引いた。


「俺が話してる間、絶対この線越えんなよ!」

「……万全だなあ」

「あいにく俺はお前ほど油断ならねぇ人物を知らないもんで」

「哀川さんは?」

「俺がしてるのは生物学上での生命の危機の話じゃなくて、リアルに貞操的な俺の身の安全の話だ」

「はいはい」


 少年は自分で引いたラインからきっちり三歩分、さらに青年から距離を取るとそこにどっかと腰を下ろした。

 ふう、と溜息一つ。

 それからようやく、諦めたように話を始めたのだった。


 

 
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