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□四月馬鹿
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四月馬鹿
春爛漫、とまではいかなくともなんとも陽気な日だ。
ぼくはやんわりと肌を撫でる風とぽかぽかと照る太陽に目を細めた。
四月、だ。
今年嫌だったことと言えば、三月が来ると同時に花粉症を発病してそのせいで零崎とまともにキスすらできなくなったことだったが、四月だ。三月の悪夢とはもう一切合財おさらばしたいものである。
鴨川の岸辺では桜が開花をはじめ、春の陽気に誘われて水鳥がゆっくりと水上を泳いでいた。
「んー、頭の中まで春だ」
しっかりと花粉症の薬を飲んで予防していたぼくは、自分の体調がすこぶるいいことを自覚して、僅かに苦笑した。
無性にいまどこにいるとも知れない可愛い恋人に、すなわち零崎人識に、会いたくなったのだ。
実際のところ、その辺はお互いひどく淡白だった。
恋人といってもそれ以前に鏡写しだ。お互いがお互いに過干渉することを酷く嫌ったせいで、電話はおろかメールさえ一度もしたことがなかった。前提条件として零崎が携帯を持っているかすらぼくは怪しんでいるのだが。
だから、暇だからきた、と唐突にやってくる零崎を認めたときに限って、粘着質である。とぼくはそう思っていた。普段干渉しない代わりに目の前に現れると構いたくなる。かまい倒したくなる。
「のになー」
が、今頭の中は零崎の姿でいっぱいだった。
そうだ、無理もない。三月はあれだけお預けを食らったのだ。花粉症が悪化しすぎて熱を出した自分を零崎は看病してくれたというのに。そのお礼にキスすら出来なかったなんて。
「はーながさーくはーながさーくーどーこーにーさくー」
「おそらくお前の能天気な脳みそじゃねーか?」
棒読みで歌なんて歌ってみると、隣で聞きなれた笑い声がした。
思わずばっと振り向く。
そこには装いがすっかり春らしく薄手に変わった零崎の姿があった。
「よーいーたん。お花見?」
「……どーも、ぜろりん」
心の中ですら、呼んだら瞬間やってくるなんてお前はウルトラマンかなにかか、と思わなくもなかったぼくだがしかし、にへり、と笑った零崎の姿に言葉を変えた。
「きーてきーていーたん」
とて、と零崎は小首をかしげる。実にあざとい。
一ヶ月ご無沙汰していた主に自分の事情やら、会いたいと思った瞬間に現れるタイミングのよさやらに既にやられそうになる気持ちがぐん、と傾いた。
平静を装って聞き返すと、零崎はにっこりと親指を立てた。
「何」
「俺五キロ痩せた!!」
五 キ ロ 。
いやいやまてまてちょっとまて。
「……何それ何その話ちょっと詳しく聞かせてもらって構わないかなむしろ早急にぼくの家に戻ろうか直に確かめたほうがいいよねうんそうだよねそうしようさあ帰ろうか人識」
「怖い怖い怖いちょ、落ち着け欠陥」
ただでさえ細い零崎だ。五キロ痩せたらどれだけ抱き心地に影響を及ぼしていることか。
早急且つ丹念に調べ上げねば。
手首をぐい、と掴む。細くなった感じはしない。うむ、取り敢えず細部はまだ無事そうだ。
一人頷くと、零崎は真っ青な顔でぼくの手を振り払った。
「今日は何月何日ですか戯言遣い!!」
「四月一日」
「は、一般的に何の日でしょうか!!」
「売春防止法施行記念日」
「え」
「ストラップの日」
「えと」
「オンライントレードの日」
「あの」
「児童福祉法記念日」
「ごめんなさいちょっと話を聞いてください」
がばりと土下座に、ぼくは口を閉ざした。
鴨川の岸辺である。
春の陽気に誘われて、川辺を闊歩するカップルが怪訝そうに立ち去っていった。
「四月馬鹿です」
「しがつばか」
「エイプリルフールです」
「えいぷりるふーる」
「……冗談?マジ?」
「おおマジ」
「マジで」
「マジです」
話を聞けば四月一日とは嘘をついても許される日らしい。
うまい嘘が思いつかなかった零崎は取り敢えず自分が不調である、という嘘をつくことによってちょっとぼくを困らせようと思ったらしいがそれをぼくが真に受けてしまったせいで暴露せざるを得なかった、と。
「まーでも考えて見りゃ」
「うん」
「嘘の使い手戯言遣いさまに嘘つくほうが間違ってるってわけなー。あーもう、傑作だぜ」
と、零崎は肩をすくめた。
ふ、と思い浮かぶ。
「ねえ零崎、今日はぼく、甘いものが食べたい気分なんだ。なんか買ってきてお花見でもしようか」
「マジ!! よっしゃ!!」
分かりやすく零崎は飛び上がった。
うん、嘘をつくなら可愛らしいに限る。
「甘いものね」
さて、ほんとに五キロ痩せてないかは、あとで甘いものと一緒に確認するとして。
洋菓子も和菓子も苦手なんだけど。どうやって食べようかな。
▼四月馬鹿っぷる
ごめんなさい切実に今戯言スランプ。
長いの書けぬ……。