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□聖ウァレンティヌスが死んだ日
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聖ウァレンティヌスが死んだ日
※学パロ。紫苑視点。
その日はなんだか朝から甘い香りが校舎内に充満していて、女子がそわそわと後ろでに何かを隠していた。
まず始まりは下駄箱で、やけに立て付けが悪いなぁと思いながら扉をひっぱると、どさどさと幾つものラッピングされた包みが床に落ちた。
それから、教室。置き勉はしない主義なので机の中は空っぽのはずなのだが、今日ばかりはもう、何のいじめかと思うほど、隙間なくびっちりと、やはりラッピングされた包みが詰まっていた。
隣の席をちらりと見ると、げんなりとした顔のネズミがそこにいて、しかも机の中に飽き足らず天板の上にまで山のように包みが置かれていた。
「おはようネズミ。大丈夫?」
「に、見えるか?」
「……いや」
「にしてもあんたも随分もらったな。どーすんの?」
「ってゆーかさ」
「うん」
「今日僕誕生日じゃないし、ネズミだってそうだよね? なんかあったっけ?」
「……マジボケ?」
「なんのこと?」
「あー、あれだ。やっぱ紫苑、お前ちょっと凶悪」
ネズミは鞄の中から紙袋を二つ取り出すと、がさがさと机の上と中のチョコレートをその中に放り込んでいく。
乱雑な手つきだが、あっという間に片付いて包みは机の脇にひっかけられた。
「二月十四日。何の日だ?」
「聖ウァレンティヌスがルペルカリア祭の生贄として殺された日。愛を振りまいて彼が死んだ日だよ」
何を聞くかと訝しくなりながら答えると、ネズミは途端に大きく溜息をついた。
「……えーと、この日本で、一般的に、知れ渡ってる意味を聞いたんだけど」
「え、これ世間一般じゃないの?」
「最近さ、やたらチョコレートが世間に出回ってるの知ってる?」
「この時期になると毎年だね」
「去年もおんなじ惨劇だったよな?」
「いや、去年はインフルエンザで一週間休んでたよ。ちなみにこの時期にインフルエンザにかからなかったのは今年が初」
「何その奇跡的な回避率」
ネズミはそういうと僕のほうに体ごと向き直って、僕の机を指差した。
「日本じゃ、バレンタインデーっつって、好きな人に告白する日なんだよ」
「………へえ?」
「だからつまり」
そのまま立ち上がり、おもむろに僕の机に手を突っ込む。
いくつかの包みを取り出すと、その中の一つの包みをネズミは迷いなく広げた。
チョコレートが二つ。それから、小さな封筒が入っていた。
「それ」
「うん」
「広げてみろ」
「うん」
手渡されて言われるままに手紙を開く。
小さくて角の丸い女の子の字で、「紫苑先輩、好きです」とだけ書かれていた。
「これさ」
「どうした」
「告白だよね」
「だな」
「差出人の明記が無いんだけど」
「気持ちだけでも知ってほしいってことだろ。紫苑、もてるし」
「君には劣るけど。じゃなくて」
「なんだよ」
「誰が送ってくれたのかわからないことには、返事も出来ないし、この包みを返すことも出来ないんだけど」
「え、返すの?」
「君は返さないのか?」
「この量返して回るだけでどれだけ時間食うと思ってんだよ。しかもアレだぜ。返事は期待してません、気持ちだけもらってください、ってヤツ。つっかえさないで貰ってやったほうが相手もうれしいだろ」
「うん」
「あと、チョコばっかりとはいえ、まあ、当分食料に困んないし。手作りは日持ちしないけど」
「切実だな」
「仕送り額がどう考えてもだんだん減ってんだよ。ったく、サソリのヤツ、今に見てろ」
まあつまりそういうことだな、とネズミは笑った。
そういうものか、と僕は返して机の中のチョコレートを取り出す。
「でも、僕は返すよ」
「なんで。どうやって」
「貰ったままで期待させたくない。方法は……そうだな、放課後はこのまま置きっぱなしにして帰る」
「ヒド」
「貰ってくれたか確認にきたりすると思うんだよね。僕は過度な期待をさせたくないし、優しくない」
「なるほど」
くつくつとネズミは笑った。そうして、三つ目の紙袋を取り出して僕に手渡した。
「じゃあこれ貸してやるよ」
「紙袋?」
「取り敢えず、そこにしまっとけ」
「ありがとう」
一つずつ袋に収めていくと、どうにか一袋にしまうことが出来て、僕はほっと胸をなでおろした。
「ご感想は?陛下」
「嬉しいやら申し訳ないやら」
「そりゃ良かった」
「ところでさ」
「うん?」
「僕は君のことが好きなんだけど、ってことは僕は君にチョコレートを渡せばいいってこと?」
そういうと、ネズミはごほっと咳き込んだ。
あわてて背中をさする。僕らを遠巻きに見ていたクラスメイトの幾人かがさっと視線をそらし、もう幾人かは目を見開いた。
「……友チョコの話?」
「ともちょこ?」
「……だよな、あんたバレンタイン知らなかったんだもんな」
「ごめん」
「あんたさ、告白する日だって、言ったろ。俺のこと好きって何?」
「だから、惹かれてるってこと」
きゃあ、と女の子たちの黄色い声。ネズミはいたた、とつぶやいてこめかみを押さえた。
「……おーい、誰かこの純粋培養のお坊ちゃんに日本語の正しい使い方教えてやって」
「間違ってないよ。どう直球で言えばいい? 愛してるとか?」
「紫苑」
「はい」
「ちょっと黙れ」
まてまてたんま、とぶつぶつとネズミが頭を抱えだした。
おとなしく待っていれば、クラスメイトたちも息を呑んで様子を見ているようで、ものすごい視線を感じた。
「同性ですが?」
「日本は寛容じゃないね?」
「俺ロクなヤツじゃねーけど?」
「知ってる」
「どこが気に入られたわけ?」
「全部」
「……」
ネズミはしばらく黙りこくってから、やっと口を開いた。
「保留、放課後まで」
「えーと」
「つか紫苑、あんた場所と時間を考えろマジで」
「だから、女の子たちがこの時間にこの場所でチョコレートをくれたわけだから、乗っかったんだけど」
「あんたホント馬鹿」
「失礼な」
「俺もだけど」
「え」
「なんでもない。ほら、もうチャイム鳴るから。話打ち切りな」
「ちょっと」
「少しお黙りなさい坊や」
「……すみません」
おとなしく座りなおし、鞄から一時限目、数学の教科書を取り出して予習を始める。
隣で盛大な溜息が響いた。
▼天然小悪魔の急襲
クラスの人たちからすると(特に女子)ネズミと紫苑はウォッチ物件として最適。
紫苑に振り回されっぱなしのネズミにもだもだ。
この時期は毎年テスト期間やらなんやらで死んでます。
二十分クオリティでごめんなさい。