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□帰る場所、シアワセのかたち。
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帰る場所、シアワセのかたち。


 自分の存在に意義も意味も見出せずにいたから、幼き日のポートガス・D・エースは誰よりも無鉄砲で命知らずで自分が嫌いだった。

 今も自分のことを好きになれたかと聞かれれば頷けなどしないだろうし、言葉に詰まることは請け合いである。

 エースは自分のことをそう客観的に見る目を持っていた。

 自分を鬼の血を引く呪われた子と蔑む一方で、確かに生きるだけの道筋も思い巡らせていた。


 自分が生まれてよかったのか。その答えはまだ持たずして。

 自分がどうなろうとするのか。その気持ちも見えずして。


 それでも、エースはここ数年の日々を謳歌している。


 エースがどこからかその聞き慣れた声を耳にしたのは或るよく晴れた日のことだった。

 ししし、と笑いを含んだふくよかな声に、エースは首をあちこちに動かした。

 
「おーい、エースぅう!!」

「あー?どこだ?」

「上、上」

「はあっ?」


 エースが慌てて頭上を四方八方眺めると、森の中で一番高い木の上、枝の半分が崖から飛び出して海にせり出している木に目に入れても痛くない(或いは物理的にやらかして失明しても惜しくない)弟を見つけた。


「ルフィ!! そこ危ないって!!」

「大丈夫だって。エースも登るか?」

「いやいい。とにかく降りてこい」

「えー」


 海面に半分身を乗り出すように大きく手を振るルフィを見て、エースはぞっとして声をかける。

 何しろルフィは悪魔の実を食べたゴム人間。海に嫌われたが故に一生泳ぐこと叶わない身なのである。

 しかし、そんなエースの心情などルフィは全く分かっていない。

 おーいおーい、と大声で叫びながらゆさゆさ、体ごと枝を揺さぶっていく。


「その木、そんなに頑丈じゃねーぞっ!危ないから、降りてこいって」

「やーだよっ、ここ、オレのとくとーせきなんだから」

「特等席ぃ?」

「すっげーいいながめなんだよ。空とんでるみてーな!」


 海がすっげー下でー、空がどーんと広くてー、鳥も近くでー、何よりエースがオレの下にいる! と自慢げにルフィは笑った。

 よく伝わんねーよ、とエースは苦笑し、ふと思ってこう話しかけた。


「そこさー」

「おー」

「どんな気持ちだ?」

「んーと」


 ルフィは大きく首を傾げてしばらく言葉を探していたが、やがてぽん、と大きく手を打った。

 そして両手を大きく広げて、にいっと歯を見せて笑う。


「海賊王になれそーだ!!」

「……そうかよ」


 全く、と呆れるように呟いたエースにむっとして、ルフィはまたゆっさゆっさと大きく枝を揺らす。何枚もの枝葉がエースの頭上に落っこちてきた。


「だってな」

「おう」

「海が真っ平らになるまでずーっと見えてな」

「水平線な」

「空がどどーんっと広くて晴れてて水色ぐわーって感じで」

「悪い、兄ちゃんおまえの言語は理解に苦しむ」

「ちょっと下向いたらエースがいて」

「おいこらてめー、オレは小さくねーぞ」


 このやろ、と拳を振りかざしかけて。

 ルフィの最後に言い放った言葉にエースはその両手の行き場を無くした。


「それってさー、オレのシアワセ、ぜーんぶ詰まってんじゃん!!」


 にしし、と鼻の下を指で掻きながら、ルフィはそう言った。

 エースはただパクパクと口を開閉させて、ルフィを凝視する。


 海がどこまでも広くて。

 空が青く澄み渡ってて。

 エースがすぐ傍にいれば。


 幸せだ。と。


 この愛しい愛しい弟は。そういうものだから。


「シアワセじゃねーと、海賊王になってもつまんねーと思うし!」

「……じゃあ、オレはお前が海賊王になるとき、傍にいなっきゃなんねーってことかよ」

「あったりまえだろ? だって、エースがいねーとさ、シアワセのかけら、一個たんねーんだぞ!」

「オレがいないと足んねーのか」

「大切なにーちゃんだからな!」


 惜しげもなく言葉をくれる弟にエースの胸はもう一杯で、それを押し殺すようにぶっきらぼうに、言葉を紡いだ。

 そうでもしないと、涙があとからあとから流れてきそうで。止まらなくて。


「しょーがねーな。ますます死ねなくなっちまった。とんだ誤算だぜ」

「死んだらだめだぞ、エース」

「分かってるよ。でもまあ、オレとお前は出航時期が違うからなー。さっさと追いつかねーと、先にオレが海賊王になっちまうかもな?」

「ずっりー!あーオレもエースと同い年だったらよかったー!!」

「諦めろそりゃ無理だ」

「むりだけどー」


 わずかに揺らいだ視界を乱暴に腕で擦って吹き飛ばし、エースはルフィを見上げた。

 ぎし、と何かが軋んで悲鳴を上げるような、嫌な音がした。


「おいルフィ降りろ!! 今度こそ、ほんとに折れるぞ!!」

「大丈――…っあ」


 言い切る前に枝がボキリと、轟音をたてて折れた。真下は断崖絶壁の海。そしてルフィは泳げない。

 弾かれたようにエースは飛び出し、落ちてくる弟に手を伸ばした。

 指先がわずかに触れる。掴んだのは人差し指だった。


「ルフィ!! お前ゴムなんだろ!! オレの腕に巻き付いて登ってこい!!」


 ぐいん、と遥か下まで落ちたルフィに必死に声を張り上げる。

 ルフィは自分の長く伸びた腕を見て、次にエースの顔を見て、うし、と気合いを入れた。

 思いっきり崖を蹴る。びよん、と体が伸び上がって、唯一人とつながっている人差し指めがけて自分の体が収束していくのが感じられた。

 次の瞬間。

 ルフィとエースは、正面衝突を果たしたのだった。


「いってー!!」

「ルーフィー……だからいっただろーが!! 兄貴のゆーことにゃしたがっとけ!!」

「こっ、今回はたまたまだ!! 次はもっといいエダ探すし!!」

「こりねーなお前は!!」


 ばーか、とルフィの頭をエースは小突く。たんこぶの一つも出来た様子は見えなかった。

 ごろりと寝っ転がってみる。

 ルフィの座っていた枝がなくなって、エースが見る空はいくらか広くなった。うあー、となんとなしに言ってみると、隣にルフィも寝っ転がってきた。


「ルフィ」

「おー」

「あと、七年だかんな」

「おー?」

「17になったら海賊になるから。あと七年しか、いまんとこお前と一緒にはいらんねーからな」

「10年たったら追いかけるからいーよ」

「そーか」

「あと、オレもエースも、帰るとこはここだし」

「そーだなー。ここ以外ねーもんなー」

「海賊王になったらやっぱ最初はダダンにゆーのかなー」

「ばっか、フーシャ村行ってやれよ」

「んー……まーいーや。そんときになったら考える」

「あっそ」

「エースは?」

「オレが海賊王になった場合は最初におまえんとこ行くよ、ルフィ」

「オレがなるからそれはねー」

「うっせ」


 そよそよと、風が吹いている。


 ああ、こんなのも、シアワセの一つなのかもしんねーな。


 エースは人知れずそう呟いて、そっと目を閉じた。






▼体温が一番近い場所





フライングエース誕です。
一月一日とかね……親戚回りで潰れるよね……。
生まれてきてくれてありがとう。ってゆーの、ルフィ見てると凄く伝わってくるのでホント大好きですD兄弟。
彼らの家族愛が永久でありますように!!

2012 12 31 奏

 

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