no title 4

□晴れた日に
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side A


 年に一度やってくる僕らにとって最も生きにくい時期、梅雨である。飢饉を呼ぶ悪魔の季節、梅雨。

 深刻な食糧不足だけでなく、僕らの体は水分多いので雨に当たると体液が一緒に流れてしまう。まさに二重苦の季節だ。


「梅雨は嫌いだなあ」


 じめじめとしたところが好きなのと、雨が好きなのは意味合いが全然違う。僕らミミズは雨が大嫌いだ。



 しかし、そんな嫌な季節もようやく終わりを告げた。

 早々に地上へ出ていった一匹が、そのまま帰ってこなかったのである。

 雨が降っているうちは土の中の方がまだ安全なのですぐに帰ってくる。だから、もしも何日待っても帰ってこないのだとしたら、それは外が僕らを受け入れてくれる季節になった、ということだ。これは僕らの共通認識だった。

 土の中はもう住めたものじゃなかった。雨が上がっていっきに晴れてくると、土はひどく息苦しくなる。土の中の水分が抜けて高温になり、呼吸するのに必要な酸素までも奪い去っていくのだ。

 しかも、僕らの糞を分解するバクテリアたちが待ってましたとばかりに動き始めるので、土の中は大わらわである。

 この危機をやり過ごすことができればあとは楽に一年を過ごせるが、こればっかりはどうにもならない。

 水分がからからになると、僕らは仲間を見つけて身を寄せあう。普段は一匹でも、こういうときはお互い様。

 僕らの糞は湿気が多いので、土の中でも一時、生きやすい環境を作れるのだ。集まることで、その空間は少しの間持続できる。だが、それでも限界は近い。何より、酸素が足りないことでの生き辛さは決定的だった。

 僕はさらに一日ほど地上に出ていった一匹の帰還を待って、帰ってこないことを確認すると仲間たちに声をかけた。


「よし、外に出よう」


 その言葉に一斉に仲間たちが身をくねらせる。

 もぞもぞと体を動かして、仲間たちの通り道を作ろうと試みる。水分の抜けきった土はとても硬くて、僕は必死に掘り進めた。

 だが、地上までの道のりは長く厳しいものだった。ただでさえ恐ろしく硬い土の中には、僕らの敵も多いからだ。僕らの住処を一瞬でひっくり返して壊してしまうショベルカーや、次々と僕らを捕獲し食していくモグラ、そして人間が使うスコップ。

 この道のりの中で襲いかかってきた敵はスコップだった。これは先端がとても鋭利で、ざくっ、と土を貫く音を断続的に響かせる。使用する人間によってその恐ろしさも変わってきて、今日の使い手は酷く恐ろしかった。僕らのいるところに何度も何度もスコップを突き立ててきたのである。この音と共に何匹もの仲間が真っ二つにされた。

 スコップの猛攻をどうにか逃れ、地上に出ることができたのは僕とたった三匹の仲間だけだった。四方八方をとても固い地面が取り囲んでいる。僕らはその中の柔らかな砂の上に出たらしかった。遠くに人間の姿が見えた。

 僕らよりも先に地上に出ていたセミの鳴き声が、僕らを歓迎する。耳を澄ませば、さわさわと葉の揺れる音や水が流れる音、太陽はぎらぎら光って、僕らの体を照らした。

 しばし呆然としていた僕だったが、ほかの三匹が話し始める声ではっとした。


「うわっ、人間いるよ」

「そりゃあスコップが襲ってきたもん、いるよ。それにしても多いなあ」

「あんなにいるんなら一人くらい俺らを案じてくれるの、いたっていいのにね」


 三匹はそれぞれに人間への感想を言い始める。僕も混ざりたくてしょうがなかったけれど、それよりも大事なことがある。僕らが住みよい地面、そこそこに湿っていて酸素と栄養が豊富な地面、を探し移動しなければならない。


「あ、そういえば」


 先に地上に出ていった一匹が去り際に残していった一言を思い出す。

 人間が作った固い地面の上は、水分を含み過ぎた体を元の状態に戻すにはいい環境らしい。

 それなら、決まりだ。僕は三人を呼び寄せると、四方八方を取り囲む固い地面に目を向けた。


「あの上で少し休んでから、僕らの新しい住処を探しに行こう」


 僕がそういうと、三匹は力強くうなづいた。

 ぎらぎらの太陽の下、僕らは人間の地面へ向かって進みだした。


 たどり着いた固い地面は、転がると僕らの体に含まれた水分を吸ってその灰色を黒色に変えた。僕は丁度、木陰の下の地面にいた。太陽が遮られて、木漏れ日が時折僕の体を照らす。眩しさはほとんどない。

 しばらくころころとしていると、大きな悲鳴が聞こえた。僕らの列の一番後ろにいた仲間だ。後ろに向きかえってぎょっとした。日の当たる地面にいた仲間の体は、必要以上に水分を失って、干からび始めていた。言葉を失った。

 恐る恐る自分の体を見てみると、仲間ほどではないものの、尾部が、じりじりと焼け焦げているようだった。


『何日待っても帰ってこないのだとしたら、それは僕らを受け入れてくれる季節になった』


 今頃になってこの認識が間違っていたことを知る。確かにそういう意味もあったかもしれない。だけど、その真意は焼け焦げて死ぬ、ということ、じゃ、ないのか……?

 一度気付いてしまうと、あとは芋づるだった。

 帰ってこなかった仲間はこの固い地面と太陽に焼かれたのかも知れない。人間が作った固い地面が、僕らに都合がいいはずがない。

 仲間はもう遅かった。薄桃色だった体が、赤錆色に変わっていく。日に当たる二人も、木陰の僕も、もう移動は困難だった。

 急に影が落ちて、見上げると人間がいた。僕らに気付かないのか、足が下りてくる。

 この地面を作ったのは人間なのに仲間を殺したのは人間なのに僕らに引導を渡すのも人間なんだ。

 嫌な感触がした。重さもなにも感じなくて、ただ気持ち悪い。


 そして僕は地面に貼りついた。




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