no title 4

□四匙
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四匙


 戻りたいんでしょう、と囁く声を振り切って黒子はベッドから重い身体を引きずって抜け出た。

 ぴぴ、とやかましくさえずる目覚まし時計を乱暴にぶっ叩き、冴えない頭でカーテンを次々に引いていく。

 夏の日差しはまだ見えず、朝の涼やかな空気はまだ世界を覆っていた。

 よし、と人知れず呟き、黒子は手早くTシャツと短パンに着替えた。


 AM5:30、彼は外に飛び出した。



「しっかしまぁ、今更テツヤの考えにどうこう言うつもりもねーけどさ。随分と七面倒なことしてるよな」

「別に、白井くんが付き合う義理は、ないですよ?」

「バァカ、こんでも人数足りてねーのに。テツヤのパス練、ガチでやろうと思ったら最低四人は欲しいだろ。その上お前ひとりって、何の練習するんだよ」

「まあ、そうですけど」


 黒子が渋々と頷くと、白井はからからと笑って手にしていたボールをリング目掛けて放り投げた。


 部活を退部してから、黒子には新たな日課が出来た。

 即ち、朝一でストリートバスケのコートで自主トレ。

 バスケ部の練習とは間違っても被らない場所を選ぶ徹底ぶりだった。

 そして、偶々そのことを知った白井は、毎日一緒に練習に付き合っている。

 黒子からすればただただありがたく、また疑問でもあり、白井からすれば至極当然のことだった。


 ボールがリングの上をくるくると回り、危なっかしく通り抜けたのを見てから、白井はコートのすぐ傍に置いてあるベンチに座り込んだ。

 こいこい、と手招きをされ黒子が隣に腰掛けると、逡巡のち、白井が黒子に視線を向けた。


「あのさ、テツヤ」

「何ですか」

「俺、高校は地方行こうと思ってて」

「地方、ですか?」

「テツヤは、高校、どうすんの?」

「それは」


 漠然と。赤司くんの言うとおりにしようと思ってた。


 そう思って黒子はドキリとした心臓を押さえた。嫌な感じに、不自然に鳴る鼓動が、恐ろしかった。

 白井の目は全てを映しているようで、逸らそうと思うのに視線は、外せない。


「テツヤってやっぱちょっと、変だよ」

「え」


 白井の手が伸びて、黒子の頬に触れた。つ、と滑らすように下へ下へと降りて、喉元でピタリと止まる。


「あいつらは、神様なんかじゃねーよ」

「それはっ」

「黄瀬も」


 指先がゆっくりと喉笛に沈んでいく錯覚。込められた力に、黒子はただ息を呑んだ。


「緑間も」

「……」

「紫原も」

「……そんなの、は」

「青峰も」

「っそんなのは!!」



「赤司だって」



 糸が、切れた。

 そんな感じがした。

 黒子は堰切ったように悲鳴混じりの大声を出した。


「分かってるよ、そんなの最初から、分かってるよ!!でも!!あの日僕を見つけてくれて!!仲間だと呼んでくれて!!神様みたいに、存在が大きくて!!」

「……じゃあさ、なんでテツヤは」


 そんな苦しんでまで信仰してるの?


 ゆっくりと囁かれた言葉に黒子は愕然として。白井は喉元から手をどかすとベンチを立った。


「変わんないよ、黒子が変わんなきゃ。偶像礼拝は、信仰する側の心一つなんだから」


 さて、んじゃもう一本練習しますか、と白井はへにゃりと笑った。


「……お願い、します」


 ぐっと重みを増した心を目の端で捉えて、黒子も立ち上がったのだった。






▼毒の四滴

 
 

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