CP連載
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「あーあ、行っちゃった」
茶化すような口ぶりの自分が遠い。
振り払われた手を握り締めれば、まだ温もりが残っている気がして。
振り払って欲しくなんて無かった。
結局、オレであり『俺』でもある自分は、シズちゃんが好きだったから。
ごめん、と言いかけた唇が閉じられて、「ぶん殴りに」と変われば引き止めるなんて到底無理で。
「君はいつもこんなときばっかり、律儀だから」
後から後から零れてくる涙を知らん振りした。
これが果たしてオレの気持ちなのか臨也の気持ちなのかなんて判らないけれど。
サイケデリック臨也としてのオレは確かに幸せでした。
静雄に出会えて、本当に良かったって思えるから。
「今度はオレに願わせてよ、シズちゃん」
すぅ、と息を吸う。
オレは君の願いを叶えることができたかな、静雄。
君の願いを叶えるのは、オレが“生きる”意味でした。
只の人形だったオレを変えてくれたのは君だったね。
初めてオレを見たときは本当に悲しそうに表情を歪めてた。
その意味すらわからなくて、当時のオレは君をきっとたくさん傷つけた。
そんなオレは、最後に『君』の背中を押せたのかな。
現在を歪めたから、きっと俺はもうじき消えるけど。
静雄が、臨也が、どうか幸せであれ。
病室に駆け込めば、臨也は、何?、と先程と変わりない笑顔で言うのだった。
俺の後に見舞ってたクルリとマイルの姿はもう無くて、病室は俺と臨也の二人きり。
今己が身に起こった事象を思い出しながら、酷く戸惑いつつ言葉を紡ぐ。
「あのよ、臨也。
てめぇに言いたいことがあって戻ってきた」
「何さシズちゃん、恨み言なら病人だし遠慮こうむりたいんだけど?」
「違ぇよ」
点滴の刺さった細い腕。
力ない笑顔。
それらをなんとなしに見つめてから、見舞い用の椅子に座った。
それから、苦しくないように気をつけながら引き寄せる。
案の定、臨也は言葉にならないような言葉を呟きながら、俺の胸を押し返そうとした。
「え、な、シズっ……?!」
「俺も、好きだよ」
遅くなってごめんと、そう言えば臨也は困ったように笑う。
何の話と、そう言った声が震えていた。
「嘘付け。お前、高校んとき、俺に言っただろうが」
「そんな昔の話、よく覚えてるね。あはは、シズちゃんにしては上出来」
「ふざけんなよ、俺の眼を見ろ、臨也」
逸らされた視線を無理矢理合わせ、口付ける。
見開かれたままの瞳にそっと指先を当て、瞼を落とした。
静寂。
それから、小さな水音。
どんどん、と苦しそうに胸を叩く手を取り、ようやく唇を離した。
「何、するのさ」
「嫌なら抵抗すりゃ良かっただろうが。どうせ、ナイフだって持ってんだろ?」
「何それ。抵抗したじゃない、胸叩いて」
「そんなんで本当に話してもらえると思ってたんならな」
馬鹿、と臨也の頭に手を載せる。
わしゃわしゃと撫でると、俺の手を細腕で必死に止めようとした。
拗ねてベッドに潜り込んだのを見計らい、こう尋ねる。
「どうせ、今も俺の事好きなんだろ?」
「……ほんとシズちゃん大っ嫌い。俺がどう返事するかなんて知ってるくせに」
病院の狭いベッドに丸まってぼそぼそと告げた臨也の返事に、俺は何だか嬉しいような悲しいようなで、彼を布団ごと引き寄せた。
慌てて俺を振り切ろうともがくのを更に深く抱きこんで、身動きなんてとらせない。
今度は観念したのか、俺の手にそっと触れてくる。
「シズちゃん」
「何だ」
「俺が死んでも、絶対泣かないでね」
「……そりゃ多分無理だな」
もう先は長くない。
そんなこと百も承知だった。きっと今もこれからも、あの時ああしてればって悩むと思う。
だけど、今この瞬間、臨也の傍にいた事は、きっと未来を変えていく為の一つになる。
臨也にそっくりな『アイツ』が生まれる事はきっとない。
それは、少しばかり寂しいことで、だけど、間違った道を選ばずにすむ最後の手段。
「臨也、ごめん、愛してる」
言葉のいつも足りない俺だったけど、これだけは今確実に伝えたいこと。
案の定、俺にこういうことを言われるのに耐性の無い臨也は、真っ赤になって俯いてしまった。
それでいい。
素直になるのはやっぱり遅すぎたけど。
今が少しでも幸せなら、それで。
小さな恋の序曲と最終楽章
to be continued...