CP連載

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 何者か、と問えば、目の前のそれは至極真面目に『君の未来』と答えるものだから、拍子抜けした。

 君の最期の願いを、叶えに来たんだよ、と。

 狂人の戯言と流すことは簡単だが、そうとも思えなくて、

何より、俺の元に近寄る姿が自然で、いつの間に耳元に近寄った唇が発した言葉に息を呑んだ。


―――「スキ」



 耳朶に響く臨也そっくりの声色。

 高校時代、一度だけ聞いた声音にそっくりで、思わず抱き締めた。



―――「シズちゃん………
    ホント……君っていつも鈍いんだから……」



―――「ずっと前からスキだったんだよ……?」






 唇に僅かな感触を感じて、それからそう呟いたのが臨也だった。

 予感はできてたから、特に何も反応しようとはしない。

 パタパタと遠ざかる足音。

 追いかけることもできたのに、できたはずだったのに、放棄した。

 自覚したくなかった、集う熱。それを否定しようとすれば走ることなど適わなかった。

 蔑ろにしたことに気付きながらも俺は俺の日常を変えることが恐ろしくて。



―――お前の気持ちなんてとっくに知ってるんだよ


 そう言いながら、きっと俺は分かっていなかった。

 多分俺は、何よりも残酷に接してた。

 俺の『日常』を臨也の『日常』に押し付けたから。

 
 誰よりも大嫌いで何よりも気に食わない、目の前から抹消したい唯一人。


 それを演じ続けた臨也の気持ちはどうだったのかなんて考えもしなかった。

 俺にナイフを向け続ける生活がどれだけ酷だったかなんて。





 あの日臨也を追っていたのなら、今頃俺は誰より傍に居たのだろうか。

 目の前の『臨也』は只穏やかに笑うばかりだった。


「お前が未来だというのなら、聞かせてくれ。」


 回した腕に力が籠る。

 常人なら耐え切れないほど強かったと思う。

 しかし眉一つ潜めず、静かに頷く気配を感じてようやく口を開いた。


「臨也は……お前は……死ぬのか……?」  


 病室で自嘲気味に笑う臨也は、臨也じゃないようだった。

 力の入らないナイフも、覇気の無い声も、
 

 俺を拒絶しようとしない姿も。


「ごめん……シズちゃん……」


 穏やかな微笑みが崩れる。

 泣き出しそうに、それでも笑いながら、
『臨也』は背後の病院を指差した。


「ねぇ………」


 振り絞るように零れた声は揺れている。

 俺を見つめる赤い瞳も、全部全部。

 ぽたり、と雫が落ちた。


「早く……『俺』のところに行ってよ
 『俺』きっと……泣いてる」


 そう言う目の前の『臨也』も泣いていた。

 俺の背に回した手がカタカタと震えている。

 
 離さなければいけない手だったはずで、こいつは臨也じゃないのに、離せない。

 自分の表情が歪んでいく感覚。

 泣きたくなるのを堪えて、腕を放した。



―――お前は……バカだろ……


 どうしようもないくらい湧き上がって仕方ない悲しさとか悔しさとか愛しさとか。

 それを目の前の『臨也』じゃなくて、病室に居る臨也に向けた。

 自分でどうしたいかなんてまだわからない。

 わからないけど、此処に留まっていてはならないのだと理解して、

 『臨也』の涙をぬぐってやってから、俺は一番俺らしい言葉で、目の前のこいつを振り切った。



「今から臨也の野郎をぶん殴りに行って来る」



 ごめん、なんて言えない。

 それはこいつを傷つけるだけの言葉だと思ったから。

 ありがとう、と形作った唇が、口角を少しばかり吊り上げた。

 背を押してくれるようで、迷わず病院へ駆け出した。





 あとは答えるだけ。
 

 




 数年越しの返事をしよう。







to be continued...

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