no title 3

□認めがたく
1ページ/1ページ

※R15文章。


 シズちゃんを見ていると俺は何故だか昔気紛れに構っていた猫を思い出す。

 色素の薄い毛並みが綺麗な猫だった。

 池袋の決まった路地裏に寝倉を構えるその猫は、態度はでかいわすぐ噛みつくわは、最悪だった。


「結局あの子は車にひかれて死んだけど」


 目の前でただの肉塊になったあの子。

 その内蔵の飛び出かけた遺体を拾って、綺麗に洗った。

 今思えば。

 あの子は俺から施しを受けたかっただろうか。

 あの子は俺を必要としただろうか。



 あの子は、幸せだったろうか。







「ねぇ、今日は君の相手をする気分じゃないんだよ。勘弁してよシズちゃん」

「聞こえねぇなぁ」

「返事してるじゃない。ほんと、矛盾だらけだよね、君って。

 俺は用事があるの、忙しいんだよ、分かる?」

「死ね」

「日本語が通じないようだね、全く」


 やれやれと肩を竦めた。

 池袋の細い路地裏。あの猫が死んだ、大通りに程近い路地。

 彼に出くわさないようにと、折角普段通らない道を通ったのに。


 裏目に出た。忌々しいなと舌を打つ。

 ピキリとシズちゃんの額に青筋が立った。近くの街灯に手が伸びる。


 ヤバい


 回れ右したけどすでに遅く、俺は首根っこを捕まれた。


「あのさ、シズちゃん。俺は用事があるって言ったよね。 本当に真面目に大事な用事なんだって」

「……どんな」

「一回忌」

「手前にそんな殊勝なことが出来るとはな」

「猫の」

「は」

「猫」


 シズちゃんは大きく溜息を吐いて、それから街灯と俺を降ろした。


 ああもう最悪。服が伸びた。


「手前、猫なんか飼ってたか?」

「飼ってないよ。気まぐれに餌やったりしてただけ。

 でも、なんか好きだったんだよね。結局、車にひかれて死んだけど」

「そうか」


 それっきり。

 シズちゃんは何も言わずに俺に背を向けた。


 見逃す。


 そう言って歩き出したシズちゃんがなんだかすごく貴重で、引き止めたくなって、言葉を紡いだ。


「凄く不貞不貞しい猫だったんだよ。すぐ鳴くし噛むし攻撃してくるし。

 でもどうしてかな。嫌いじゃなかったんだ、嫌いじゃ」

 そう言ってるうちに、目の前の彼とあの猫の共通点に気が付いて、吐き気がした。



 あの子は、シズちゃんだ。

 俺が嫌いで嫌いでだけど憎みきれなかったこの男にそっくりなんだ。


 意図して構った訳じゃなかった。

 だけど忘れられないのは、あの猫にこの男を重ねたからなのか否か。

 気づくな、そう思いながらのぞき込んだシズちゃんの表情はよく分からない色に染まっているようだった。


「その猫の名前は」

「シズちゃん」

「殺す」

「嘘。名前なんて付けてなかったよ。

 執着するじゃないか、名前を付けたら」


 シズちゃんの眉が寄る。

 近いなぁって、思った。

 いつも寄ってる姿しか見たことがないから、寄る瞬間なんて、間近になんて、眺めたことがない。


「臨也、お前寂しいのか」

「は?」

「だってらしくねぇ、気持ち悪いどっか行け」

「ひっど」


 否定しきれない自分に狼狽する。

 シズちゃんは有り得ない位穏やかな目で、ムカついた。


「じゃあ、寂しいからシズちゃんが慰めてよ」


 返事も待たずに口付けた。

 くちゅり、と唾液が混じる。

 舌を絡めて、早く押し返してくれよと願った。


 なのに。


「え、シズちゃ……」

「黙れ」


 何時の間にか主導権はシズちゃんが握ってた。

 背中に回された腕が熱い。

 酸素が全部に持って行かれて、酸欠で死にそうだな、と若干遠のく意識の奥で考える。


「もうへたったか」

「……っ、なんなのシズちゃん。……嫌いなら突き放せよ、いつもみたいに殴り殺そうとしろよ」

「俺はお前が嫌いだ、臨也」

「知ってるよ馬鹿じゃない?」

「偶にすげー気になるんだよ。 消沈した顔しやがって、いつもと変わらないなんて抜かすんじゃねぇぞ。

 ……俺は手前が嫌いだが。……多分それに匹敵するくらい、惚れてる」


 世界の時間が止まった。

 気がした。


 まじまじとシズちゃんの顔を眺めると、僅かに紅潮しているようだった。


「……俺は、嫌いだよ。大嫌い、早く、死んで」

「嘘だな」

「……何で」

「そう聞くこと事態がらしくねぇ。息吐くように嘘がつける手前だ、なんとでも言い様があるだろ」


 薄暗い路地。

 コートの中には数本の隠しナイフ。


 逃げられないことはない。

 
 嘘。

 最初から逃げようともしなかった。

 図星だなんて悟られたくなくて、嗤った。


「犯してよ、シズちゃん。 君が思うように、欲求不満でも打ち付けなよ。

 ねぇ、悪い話じゃないよね。俺は猫の死んだこの場所を新しい最悪な記憶に塗り替えられる。

 君は、惚れてる俺を好きに出来る。いいでしょ?」

「……手前は、馬鹿だ」

「知ってる」


 冷たい壁に背中が押し付けられる。

 程なくやってきた甘いキスに酔いしれて、瞳を閉じた。

 無骨な手が服の下に滑り込む。


「……っふ、」

「…泣くな。頼むから泣くな」

「泣かないし。死ねシズちゃんバーカ」


 我ながら幼稚だと思う。

 好き、なんて単純な二文字に振り回されて本当の事は未だに言えず。

 馬鹿みたいに挑発して、愛があるか無いのか分からないまま身体を重ねて。



 君が好きだなんて。







 ああ、認めたくなんてない。















▼俺と猫と重なる鳴き声


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ