no title 3

□二匙
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二匙


 そもそもの発端は自分がバスケ部をやめたことだ、と黒子はきちんと理解している。だから今の現状、キセキに嫌われているのか否かは彼には正直よく分からなかった。


 学校中の生徒からの無視と嫌がらせを背負いながら。

 裏切り者と誹りを受けながら。


 彼は冷静に自分のした行動を振り返る。


 自分の何が悪かったのだろうか。


 だがいくら考えたところで、行き着く帰結点は変わらなかった。


 先に僕を手放したのは君たちの方じゃないか。


 パスを受けなくなった面々と。ただ義務をこなすような味気ない試合と。重なることのない手の平と。ぶつかることのない拳と。

 つまり自分がバスケ部を辞めた所で彼らのバスケに何のブレだって起こ得るはずがない、とある種の信頼感を黒子は持っていた。


「だから、もう戻らないと言っているんですけれど」


 第一、もう三年生の夏なのだ。自分を連れ戻したところで半年もなく引退になる。

 その限られた短い時間を、自分への虐めに使われることは黒子にとって酷く不本意であった。


「テツヤは卑怯だ」

「え」

「それを言葉に出さずに辞めたんだろ。そりゃあ今の現状見て、違う選択肢を選んでいたなら、とか言うのはもう無意味だけどさ? にしたって、そうなる他無かった奴らを鑑みるべきだったのかも知れないね?」


 退部届を出して二週間。虐めがまだ嫌がらせだった頃。胸の内を吐露した黒子に、白井はそう言って微笑んだ。


「強いぶん孤独に成らざるを得なかった、ということですか」

「そこまで言う気はないし、あいつらを擁護する気はちっとも無いけどな。……今のテツヤ見てるとさ、諦めちゃったんだなって、ちょっと」


 白井はそこで言葉を切ると、迷うように視線を泳がせた。黒子は僅かに首を傾げる。

 やがて、白井は一言ぽつりと、こう言ったのだった。


「寂しいよ」










――蝉時雨 が 入室しました


蝉時雨:おーっす、久々だなここ来んの

黒色:お久しぶりです。お元気でしたか?

蝉時雨:そこそこ。毎日つまんねーしなんもねーし、でもまあそんなもんじゃねえ?

黒色:何もないことは転じて幸せですよ

蝉時雨:相変わらず小難しい奴

蝉時雨:ところでさ

黒色:はい

蝉時雨:変なこと聞いてもいいか?

黒色:変の程度にもよりますが

蝉時雨:体育で柔道とかやるとさ、ここは危ねーから絶対庇え、みたいな場所あるだろ?

黒色:急所のことですかw

蝉時雨:あーそーそー

蝉時雨:それ、教えてくんね?

黒色:はあ…

黒色:僕は荒事は得意じゃないんですけれど……

黒色:何に使うんです?

蝉時雨:

蝉時雨:あ、誤送信

蝉時雨:夏休みのじゆーけんきゅー。

黒色:物騒な自由研究ですね

蝉時雨:まあ

黒色:えーっとですね、

黒色:僕には専門的な知識がないのでそういうサイトを巡る方がいいのではないかと

蝉時雨:めんどくせー

黒色:ちょっとお待ち下さい

蝉時雨:おう。

蝉時雨:

蝉時雨:

蝉時雨:

蝉時雨:まだか?

黒色:お待たせしました

黒色:●、●←この辺のサイトならアテになるかと

蝉時雨:おー、あんがとなあ

黒色:いえいえ

黒色:お役に立てて光栄です

蝉時雨:じゃ見てくるから落ちるな

蝉時雨:また

黒色:また


――蝉時雨 が 退出しました


黒色:

黒色:……君は

黒色:変なところで優しいから

しろろ:黒、

シークレット 黒色:…………青峰くん

しろろ:黒、


――黒色 が 退出しました


しろろ:……なんで、


――しろろ が 退出しました







to  黒子
from 緑間真太郎
―――――――――――――――
理由なく姿を消すのは卑怯なのだ
よ黒子。
いや隠し切れていないのだからそ
れより酷い。
お前が部活をやめてから俺たちが
どれだけ被害を被ったのかお前は
理解できていない。
だから、

俺はお前を許さないのだよ。








「テツヤ、どこ行ってたんだよ馬鹿!! 一人になんなっつったろ!?」

「すみません。ちょっとお呼ばれされてました」

「お呼ばれって……って、おいなんだよその痣!?」


 昼休み、突如として姿を消した黒子を見つけてほっとした白井は次の瞬間大きく目を見開いた。

 え、と言葉に詰まる白井に黒子はわた、と手を振った。彼の口元は軽く切れて血が滲み、半袖のシャツから垣間見える腕の付け根には青痣がくっきりと浮かんでいる。


「大したこと無いですよ。見た目程痛くないので」

「嘘つくな。誰が」

「階段でこけました」

「お呼ばれされて階段からこけるか馬鹿!!……青峰、か?」

「…………いえ」


 ひとまず肩を貸しながら白井は保健室に向かうことにした。言葉を濁す黒子に眉根を寄せしかめっ面をしてみせる。

 馬鹿だなぁ、と呟くのは果たして何度目か。ムキになるように黒子は白井の手をはじいた。


「保健室なら遠慮します」

「けど」

「絆創膏も消毒液も鞄に入ってますから」

「あ、そう」


 頑なに固辞する黒子に白井は足を止めた。くるりと振り返り、立ち止まった黒子に真正面から向き合う。


「俺はテツヤが心配なんだよ。学校に味方なんていないしどんどん虐めはエスカレートする。でも俺は何の影響力も持ってないからこうやって傍で見てるくらいしかできない。それにしたってクラスが違うから四六時中見てられるわけじゃないし救えない方が圧倒的に多いじゃないか。今だって、靴箱の件にしたって」

「白井くんに負担をかけたくないんです。それに、学校中から相手にされてるわけじゃないです。桃井さんやクラスメートや」

「ただの傍観者だろ。直接巻き込まれたくない腰抜けじゃないか、そんな奴らなんにも、」

「夏樹」

「……ごめん」


 黒子は頷いてくるりと進行方向を教室に切り替えた。白井も後ろに続く。


「……そうですよ」

「え」

「青峰くんです。けど彼、優しいんです。白井くんは知っていますか、チャットの。蝉時雨さん。あれ、ね」

「黒子」


 二人の背後から冷や水のような声がかかった。黒子がぴくりと肩を震わせる。


「緑間くん」

「お前がお前の理由で部活をやめたことは分からなくもないがそれでも俺はお前を赦したりはしないのだよ。だからお前が今どのような事態に陥ろうと俺は不干渉だざまぁみろだ。……せいぜい、苦しめ」


 それだけだ、と緑間はロケットペンシルをくるくると回して通り過ぎていこうとする。引き留めたのは怒り心頭の白井の震える声だった。


「おいちょっと待てよ」

「……なんなのだよ」

「お前さ、ちゃんとテツヤがこうせざるを得なかった理由考えた? 自分らの行動省みた? 学校味方に回したって、いい気になってんなら覚悟しとけよ?」

「……言っている意味が分からないな」


 ロケットペンシルが緑間の手から零れてからんと音を立てた。


「……僕は、戻りません。それだけは、赤司くんにもどうぞお伝え下さい」


 返事もなくペンシルも拾わず、緑間は立ち去ったのだった。









▼毒の二滴

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