no title 3

□ドーナツの夢
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遠い昔の


 小さい頃から甘い物は好きだった。さくさくのクッキーもふわふわ溶けてく生クリームたっぷりのケーキもしゅわしゅわと弾ける涼しさのキャンディーも。

 今でこそバニラシェイクが定着したけれど、僕は小学生まで、ドーナツが一番大好きだった。


「ドーナツにはどうして穴が空いてるのか知ってる?」


 ある日、おやつにドーナツを用意してくれた母は、僕にミルクたっぷりのカフェオレを差し出しながら、そういたずらっぽく笑った。

 チョコフレンチクルーラーを頬張りながら、幼い僕は首を傾げる。

 ドーナツの穴はドーナツだから空いているのだ。穴が空いてないならそれはドーナツじゃないし、そんなドーナツはきっと物足りないに違いない。

 考えあぐねる僕に、母は自分もエンゼルフレンチを口にしながらこう言った。


「ドーナツにはドーナツを美味しくしてくれる妖精さんが住んでいるのよ。それで、美味しくしてくれる代わりにドーナツの真ん中を妖精さんが持って行ってしまうの。だから、ドーナツには穴が空いているってわけ」

「妖精さん、かぁ。……うーん?」

「テツヤにはちょっと分かりにくかったかな? 妖精さんっていうのは」

「分かるよ!ティンカーベル!! こないだ本で読んだから」


 当時の僕は文字通り本の虫だった。目に付く本は何でも読んだし、中途半端に知識は豊富だった。

 得意気に答えた僕に、母は嬉しそうに笑ってうなづいた。


「そう。じゃあテツヤ、もし妖精さんに会ったら、優しくして見守ってあげるのよ」

「うん、そうする」


 と、そんな話は月日が経てばただの御伽噺だと気がつくわけで、今の今まですっかり忘れていた。小学生の、ドーナツを愛した僕は、妖精を探そうと躍起になったけれど、やがてドーナツブームが去ってそれも廃れた。

 と言うよりも、分かってしまったのだ。本の虫は本によって、ドーナツの歴史を、知ってしまった。ただの効率の問題だった、火が通る早さを比べただけだった。理解してしまえばあとは興醒めの一途である。

 では何故今頃になって思い出したのか。

 この答えは恐ろしく単純だった。



 和解してから初めて、久々にキセキのみんなとゆっくり雑談に興じた帰り道。緑間くんのラッキーアイテム、ドーナツを購入するべく立ち寄ったドーナツ店。(朝一で購入したものは昼休みに高尾くんと食べてしまったという。買い直す羽目になるくらいなら食べるな、全く)

 赤司くんの提案(脅迫)でドーナツを箱買いすることに決まり、バニラシェイクにお小遣いを注ぎ込む僕には痛い出費だった。ドーナツ店に立つ幟、日ごろの感謝を込めて半額セール開催中!!、の文字に僕が感謝である。

 そして入店。信じられない光景を目にした。


「わーんクロコっちーぃ、仕事してもしても終わんないっスーっ!!」

「頑張ってくださいキセくん。終わりは……まだ見えませんけど」

「全く、騒がしいのだよキセ。クロコは分裂してまで働いているんだ。文句言わずにお前もそのくらい働け」

「……ミドリっち辛辣っス」

「ねークロちーん、ちょっと作業交換しよー」

「ダメですムラサキバラくん。サイズの大きなパイ系は君しか統括できません」

「ほらお前たち、次のドーナツが揚がるぞ、準備しろ。ダイキ、サボるな」

「へーへー」


「…………え?」


 ドーナツの立ち並ぶショーケースの中に、小さな人影が忙しそうに動き回っていた。小さな羽が背中についている。ぱたぱたと動かしながらなんらかの作業をこなす姿は、母から聞いた御伽噺を彷彿とさせた。

 ドーナツの妖精。本当にいたんだ。

 思わず感動して見入る。少し観察していると、おかしなことに気がついた。


「僕らにそっくり」


 姿も言動も、まさしく僕ら――キセキの世代、とそっくりだった。

 エンゼルフレンチに粉砂糖を振る僕、ハニーディップに蜂蜜を零す黄瀬くん、抹茶のドーナツに小豆を飾る緑間くん、ポンデリングに寄りかかって休憩中の僕(二人目)、ミートパイの焼き具合を確かめる紫原くん、全体の統括を取る赤司くん、ショーケースの上でお昼寝の青峰くん。


「黒子、ほらお前も早くドーナツ選べ」

「え、あ、……赤司くん、見えますか?」

「何がだ?」

「あ、いえ、なんでも」


 どうやら見えているのは僕だけらしい、という事実に愕然とする。チート魔王様、赤司くんに見えないのなら、そう、きっと、目が疲れていただけに違いない。

 内心かなりがっかりしつつ、8つほどドーナツを選ぶことにした。

 珍しく注文型、セルフで取ることのないショーケース。

 妖精のいる(ように見える)ドーナツはなるべく避けようとしたものの、半額セールなのは妖精が忙しそうに働く種類。僕はやむを得ず二つほど、妖精がいるドーナツを選択した。

 どうか箱詰めになりませんように。



 買い物が終わって移動しながら、箱を開ける代わりにレシートを見せ合うという謎の儀式を執り行う。ぱっと見た感じ、僕が(半額に徹したので)一番安そうだった。

 黄瀬くんは僕のをのぞき込むなり怪訝な表情を浮かべる。失礼な。


「抹茶に小豆、って黒子っち渋くないッスかー? そういうドーナツって緑間っちのイメージなんスけど。あっ、ハニーディップは似合うっス」

「そういう黄瀬くんは……ああ、エンゼルフレンチ」

「美味しいっスよね、これ!! ラスイチ、ポンデリングと迷ったんだけどポンデは半額対象外だからやめたっス」

「だからお前は駄目なのだよ。こういうときに金に無精では後で痛い目を見るぞ」

「えー、それ緑間っちだけっスよー? ってうわ、ポンデリングばっかり」


 ほら、と黄瀬くんが見せてきた緑間くんのレシートには数々のポンデリングの名前がぎっしりと書いてあった。確かにポンデリングは美味しいけれど、流石にちょっと引く。

 他に、赤司くんは全種類(多分)、紫原くんはとかく甘いの(チョコ系)、青峰くんはカロリーが高そうなの、とまあ……キャラが出るなぁと、思いました。はい。


「じゃあこれで解散だな」

「赤司っちも紫原っちもあっち着いたら一言連絡ッスよー? 京都も秋田も遠いんスからね」

「抜かりないよ」

「りょーかーい」


 二人を駅まで見送り、緑間くん、黄瀬くん、青峰くんともその場で解散する。


「じゃあまた今度」

「近いうち遊びに行くっス黒子っち」

「ありがとうございます。丁重にお断りさせていただきます」

「ヒドッ!?」

「黒子、今度監督が練習試合を申し込むと言っていたのだよ」

「わかりました、楽しみにしてます」

「俺と温度差!!」

「うっせーぞ黄瀬。あーテツ、火神に今度1on1やろーぜって伝言頼むわ」

「君たちいつの間にそんなに仲良くなったんです? まぁ、伝えときます」


 こんな感じ。黄瀬くんが終始イジられキャラだったなんて、え、それは目の錯覚ですよ。

 家路に着きながら、信号待ちで買ったドーナツの箱をちらりと開けてみる。妖精さんがいたらどうしようか。そんな期待と不安を込めて見てみる。


「あーミドリっちどーしよー!! クロコっち分裂したまま別の人に買われてったっスー!!」

「確かに不安だな。だから言ったのだよ、今日のドーナツ占い、クロコのラッキースポットはレジだったのに」

「まだあの占い信用してたんスかミドリっち。ってかホントに!! どうしよう!!」

「クロコも心配だが、俺達も危機に直面しているのだよ。まさか、うっかり箱詰めにされるとは思わなかったからな」

「いやー、半額セール舐めてたっス。店員さん手際良すぎ」

「あの人は接客歴長いからな。手つきが尋常じゃなかったのだよ」


 と、まぁ取り留めなく話す緑間くんと黄瀬くんによく似た妖精さんの姿があった。そっと箱を閉めて、長い溜息。


「……なんだか、とてつもなく面倒なことに巻き込まれ始めている気がします」


 僕が分裂して別の人のところ? 順当に考えれば、エンゼルフレンチにいたのは黄瀬くんか赤司くん、ポンデリングにいたのは緑間くんか赤司くん、になる。

 そういえばパイ系は赤司くんだし(というかもう赤司くんはどの妖精をつれててもおかしくないわけで)、まぁ青峰くんくらいではないだろうか、何にも掠らずにすんでいるのは。

 とりあえず家に帰ったら妖精さんと話をしよう。

 そう誓って僕は携帯を開き、メール画面にした。文面はもう決まっている。


To 赤司くん緑間くん青峰く
ん黄瀬くん紫原くん
From黒子テツヤ
Sub ドーナツに。
―――――――――――――
妖精さんな僕らがいたら要連
絡。面倒な事態に陥る前に話
し合いましょう。


 送信。

 してから気がついた。

 メールは必ずしもすぐに気がついて返信してくれるものではないと言うことを。

 つまり。


 もしも今既に妖精さんに対峙した人がいるなら、そっちに気を取られてメールを確認する余裕なんてないであろう。


「……店で見かけたときにちゃんと確認すべきでした」


 本の虫は知っている。こんなとき、どんな言葉で表すのが正しいのか。



 後の祭り。




▼瞳で夢想、夢見た昔





http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1488502
を読んでから読むと更に楽しめるよ!!
「追葬曲第96番」Kouさんから設定お借りしました。
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