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□微睡みの夢
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微睡みの夢

 
 Sランク生一斉に行われる健康診断が終わった次の時間、物理の授業は、どうにも見に入らなかった。


「――であるが故にこのボイル・シャルルの法則が当てはまり、」


 淡々と語る物理教師の声を聞き流しながら、紫苑は小さく欠伸をする。いつもはちゃんと集中して受ける授業も、今日ばかりは上の空だった。

 今日は誕生日なのである。

 朝から母が何やら楽しそうに料理をしている姿を見、教師陣からは会う度おめでとうと声を掛けられ――彼は些か疲れ切っていた。

 勿論嬉しいには嬉しい。ありがたいとも思うし、賛辞を嫌う人間はそういるはずもない。

 ただ、紫苑には不思議だったのだ。

 母や沙布は別として、普段自分にあまり関わりのない人間までが、おめでとう、と口にする。その状態が、どうにも疑問だったのだ。


「では続いて熱量第一法則の説明を――」


 それにしても瞼が重い。うつら、と僅かに頭が揺れる。

 程なくして、紫苑は授業から意識を手放した。





 自分が居眠りをしてしまった事に、紫苑はすぐに気がついた。宙に浮くようなふわんとした感覚と共に、通常ではありえないようなことに見舞われたからだ。

 目の前にいる彼は。彼が言うのは。


「僕は何も知らなかったんだ。NO.6で教わった知識なんて、何にもならなかった。僕は無知だったんだよ、本当に大切はものは何一つ知らずに育って、それでいてエリートだなんて、僕は、よく言えたものだったんだろう……」


 それは独白だった。

 自分の声、自分の懺悔でありながら、紫苑はそれが自分だとは到底思えなかった。

 白い、のだ。

 幾ばくか成長した姿の自分、のようなものは、今とは全く違う姿をしていた。日に透かしたような真白の髪と肌を這う蛇のような赤。はらはらと泣く姿は信じられず、そして、懺悔を聞いたのであろう、自分をなでる人物の姿を見た。

 いや、姿と言っては語弊があるだろう。

 11歳になった紫苑に見えたのは、年を重ねた自分、を宥める白く長い指だけだったのだから。


(ぼくは一体なにをしたと言うんだ)


 指はさらりと髪を撫でた。


「紫苑、落ち着け」


 その声は声というよりは音だった。澄んだ綺麗な。人の声を思わせない、まるで心のうちに語りかけるような音だった。

 成長した姿の自分に語りかけるその声音は優しく、男か女かもわからない。

 ただ。


(ぼくはこの声が好きだ)


 それを遠くから見つめる11歳の紫苑は、漠然とそう感じた。

 とてもとても大切な、忘れてはいけないような、そんな気がする。


「ごめん、   」


 指先の相手の名前を呼んだのだろう、自分の言葉が不自然に途切れたのを紫苑は感じ取った。

 成長した自分は、相手の指先を頬に当て、愛しそうに目を細めた。


(ぼくは、あれ、そんな顔、する、の?)


『ねえ、僕』

「……え」


 気がつくと、白い指は消えていた。白い自分と、紫苑自身だけが、真っ白な空間に浮遊していた。


『君に、言葉を、教えてあげるよ』

「……知ってるよ、そんなの」

『いいから、ずっと覚えていて。君の心のうちからいつかきっと湧き出てくる言葉だから』


 白い自分はそういってかすかに微笑み、燃えるように紅い瞳を紫苑の中を探るように向けた。

 す、と指先が持ち上がり、紫苑の心臓の前で止まる。


『――――壊せ』

『―――破壊しろ』


 地を這うような、低い低い声だった。自分」が出しているとは思いがたい声だった。

 震える声で、紫苑は問い返す。


「―――――なにを?」


 成長した己は、本当に楽しそうに笑った。


『全てを』



「 す べ て ― ― ― ― ? 」





「紫苑、紫苑ってば」

「……ぁ、沙布?」

「珍しいわね、あなたが授業中に居眠りなんて。Sランクでも図抜けて優秀な紫苑じゃなかったら、先生方も減点しちゃうところよ」

「買いかぶりだよ、沙布」

「そんなことないわ、事実だもの」


 沙布の声に起こされると、そこは物理講義室だった。他のクラスメイトはとっくにHR教室に戻り始めている。

 慌てて荷物をまとめながら、紫苑はふと思いついたように沙布に言った。


「ぼくは、何の夢を見ていたんだと思う?」

「知らないわ」

「……自分でも、よく思い出せないんだ。

 凄く凄く大切な、忘れてはいけない夢だったと思うんだけど」

「じゃあ課題を提出した夢とかかも知れないわね。残念ながらあなたのレポートの提出機嫌は再来週。まだまとめも終わってないって言ってたじゃない。

 生態学の特別コース目指してるんだっけ? ちゃんとやらないと落とされるわよ」

「……うん」


 さ、次の授業、と急かすようにいう沙布と共に、11歳を迎えた紫苑は教室を出る。


((きっと、きっと))

((何かが変わる日を、お前が起こしてくれるんだろう、紫苑))


 一匹の小さな蜂が、物理教室の中に入り込み、そしてすぐに出て行った。


 2012年9月7日、

 紫苑の11回目の誕生日の事である。






▼まだ見ぬ先のぼくに告ぐ










pixiv企画の「紫苑リアルタイム誕生日会」に合わせて。
NO.6の教育ってどの程度早いんですかね; 取りあえず紫苑の受けている物理の授業は高校でやる「物理U」から抜粋です。うん、それでもやっぱりNO.6は教育もっと進んでる気がするなあ。

ちょっと解説をば。
健康診断→エリウリアスの卵注入後、くらいでいかがでしょうか??
体だるくなりそうだしねむくもなるだろうし、エリウリアスなら紫苑を見抜いて数年くらい体の中で卵を眠らせ続ける事が出来そうな。
そんでもって「数年後の自分」は西ブロックに出て行ったリアルに16歳の紫苑というよりは、エリウリアスが化けた感じ。白い手はネズミ、をやっぱりエリウリアスが示唆してるイメージ。
つまり、私的には紫苑だって十分エリウリアスに選ばれた存在なんだよ、と。おもいまして……。

さて、来年はいよいよ邂逅記念日ですぜやっほい!!
来年の誕生日会は大いに盛り上がる事を祈って。
ではでは。

 

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