no title 3

□鏡面症
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鏡面症


 嘘を付くのが得意だった。

 人を殺すのが得意だった。

 と、言うのが俺のちょっとした自慢話だ。

 それは、鏡面体のある連続戯言遣いに出会ってしまったことによって完膚なきまでに失われてしまったのだが。

 人を殺すのが大嫌いな俺の鏡はだがしかし、精神を殺すことに恐ろしく長けていた。言葉はアイツの存在そのものを形作っていたものだから、嘘を付くのが得意、だなんてそんな言葉は俺には当てはまらなくなった。

 つまり、俺が得意なことは、何も無くなってしまったのだ。

 自分が芸無しになってしまったことについては、実にそんなに感慨は無い。あー役立たずに成ったんだなぁ、となんとなしに呟いた記憶があるくらいだから間違いない。

 だって、アイツは俺の鏡、だし。

 俺じゃなくてアイツがそーゆー面倒なもん背負ってくれるなら、それに越したことはないし。





「いーたんは、なぁんで俺なんかの鏡なんだろーなぁ」

「……零崎?」


 吐き出した言葉は拠りによって鏡の向こう側の欠陥製品にばっちり聞かれてしまったわけで。

 不審気に寄った眉は、光の差さない瞳を更に翳らせた。

 ……違う、そういう表情をさせたかったわけじゃなくて。

 ごめん、戯言だ。

 目で告げようとしたら、その前に欠陥は視線をそらして言葉を、お得意の戯言を、披露するのだった。


「僕と君はきっと一生、分かりあうことはないんだと思うよ、零崎人識、人間失格。分かり合えないからこその同一だ。君が以前言ったんだ。同一にして逆反対。辿るルートが違うだけで出発点も目的地も同じ。だから」


 鏡面体さ。

 と、欠陥製品は、戯言遣いは。

 にこりともせずに言った。


「なんで君の鏡が僕なのか? そんなの君が僕だったからに決まっているだろ」


 馬鹿だなぁ、と呟く声はぬろり、と俺の心の中を撫でた。 どろどろと、鏡の境界線が腐食していく感覚に襲われて身を引く。どうしたってこいつは、どこかが破綻した戯言遣いなのだと、痛切に思い知らされた。


「……かはは、そりゃ、傑作だ」

「戯言だよ」


 別に相手がいると思って来たわけじゃなかった鴨川の高架下は、結局俺と欠陥とが只二人で益体の無い話をする為だけに存在しているようで。間が悪かったよなぁ、と両手を振りかざしながら言うと、僕もだよ、と平坦な声が返ってきた。

 芸無しにした張本人の癖に。

 なんとなしに憎まれ口を叩けば、彼もまた何一つ感じ入ることが無かったかの様な涼しい顔で、そりゃどうも、とだけ言うのだった。


「結局は中二病だよな」

「なんのこと」

「鏡って、本気で信じ続けてんの。泣けてくるくらい、言い訳臭くて中二臭くて」

「それはそれは」

「ったくさぁ、傑作だよなぁ」

「……そうだね」


 ふと、頭の中にいつぞやだったか変態医者……えーと、絵本、だっけ、から聞いた変わった症候群の話が思い浮かんだ。

 カプグラ症候群。友人や恋人が瓜二つの偽者に見えてしまうという、罹った側にも看護する側にも、どうしようもなく双方に救いようが無い精神疾患。

 勿論俺が欠陥を偽者として認識したことはないし、それ以前にこんな奴の偽者なんてきっとこの世に存在すら出来ない。

 だけど。


「欠陥は、さぁ」

「うん」

「俺が偽者に見える?」

「君が君自身の偽者に見えるかって話なら、そんなことはないけど。僕の偽者かって話なら、偽者だね。……あーいや、僕の複製品、かな」

「……かはは、シンラツ」

「君だって同じだろ」


 わざわざ確認するまでも無い。と、欠陥は哂った。


「別名ソジーの錯覚。君がその症候群を知っていたことには驚いたけど」

「お見通しかよ」

「強いて言うなら僕と君は、鏡面症、かな」

「何ソレ」

「適当に名づけてみた。お互いを自分自身と認識した上で他人として依存する、どうしようもない症候群さ。今のところ罹っているのは僕と君だけだけどね」


 鏡面症。

 口の中でころころとその言葉を転がす。

 それは、棘の立った金平糖のように、甘いのに舌をちくちくと刺激するような、そんな味覚がした。


「悪くないな」

「だろ」


 世界中で、たった二人のための病気。

 なるほど傑作だ、とひとりごちた。


「君が取り柄無しになったって話、だけど」

「違う、俺は芸無しっつったんだ」

「どっちでもいいよ。あのねぇ、零崎。確かに僕と君は鏡だ。同一だし結局のところやってることは同じだ。だけどさ、やっぱり少し違うんだよ。

 芸無しって、つまり君が人を殺す殺人鬼であり、僕が人の精神を殺す戯言遣いだって言う話だろ。確かに君も僕も他人を殺すかもしれない。

 だけど、僕は「壊れっぱなし」にするだけだし、君は「ココロを探して」いるだけだ。根本が違う。分かり合えるようでさっぱり理解できないんだよ、虚像なんだから。…………だからさ」


 と、欠陥の手が俺の頬の刺青に触れた。

 冷たい、体温の感じない手だった。

 ……心の温かい奴は手が冷たい、と言ったのは何処の誰だっただろうと、ぼう、っと思う。


「君は君らしくいればいいんじゃない?」


 と。

 欠陥製品は。

 戯言遣いは。

 真摯な瞳で、そう言った。

 濁った瞳の中に、俺を映して。


「あー……」

「なんだよ」

「あー……うん、なんか馬鹿らしくなった」

「それはよかった」


 剣呑剣呑、と間違えたまま欠陥が呟く。


「鏡面症、上等だぜ欠陥。俺は俺が何なのかわかんねーけどな。取り敢えずまぁ、「何かをどーにかする」為の今が、俺なんだってことにしとくわ」

「……あっそ」

「差しあたっては、いーたんはその踏み台、よろしく」

「図に乗んな」


 高架下はそろそろ日が暮れて暗くなってきて、今日は欠陥の家に押しかけようと思った。どうせ今はいいマンション暮らしだろうし。世話させてやる、なんて尊大に振舞ってみようと思った。


「……かはは」



 ざまぁねぇや、と自分を僅かに自嘲して。


「いーたん、飯おごって」

「水でいいなら」

「うわ相変わらずひっでぇ」

「正当な扱いだろ」


 高架下と鏡面を抜け出して。



 二人っきりの虚構に、飲まれてく。







▼不治の病を抱えた俺へ













pixiv キャプションより抜粋

これ最近書いたのじゃなくて寧ろ「初めまして」より前の作品なんですが……まあ良かろう、うん。
今はアンソロ企画のひといずと部活の一次創作であわあわしてます。(息抜きくろちゃん状態)ちょっと本格的に戯言に帰ってくるまでかかると思いますが、お待ちいただけると幸いです。ではでは。


 

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