no title 3

□捨てられなかったその名前は。
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捨てられなかったその名前は


 携帯の機種変更期限が目前に迫っていることに気付いたのは、つい数日前のことだった。

 黒子はもう塗装も禿掛けて、落としたりなんだりでところどころ傷の付いた携帯を見つめた。

 もう二年も使っている水色の携帯。

 ゆっくりと表面を撫でてみると、ふるり、と心が揺れる。


「皆さんは、覚えているのでしょうか」





 携帯電話を買いに行くぞ。

 そう言ったのは赤司だった。黄瀬がレギュラー入りを果たした二年の夏、全中の予選が始まる前の日のことだった。


「連絡手段はいつでも手元にあった方が便利だからね。折角だ、みんなで色違いにでもしようか」

 反応はまちまちだった。

 青峰は面倒そうに生返事し、桃井は首を傾げ、緑間は携帯を持つこと自体に眉根を寄せ、紫原はいつも通り無関心に、黄瀬に至ってはもう持ってるっスよと手持ちの携帯を翳して見せた。

 赤司は無言で笑みを浮かべ、そのまま張り付けたまま黒子に振り返る。黒子はこくりと頷いた。


「いいと思いますよ。チームの団結力も高まりそうですよね」


 結局それが鶴の一声だった。

 テツがそういうならと青峰が挙手すると後は芋蔓のように了解と賛成の声が挙がる。

 かくて、その日の練習は調整に終わり、七人とは携帯ショップに向かったのだった。



「やっぱ自分色統一っしょ」

「面白味には欠けますよね」

「随分と無難な案なのだよ」

「紫のケータイってどこー」

「面倒だな何でもいいだろ」

「青峰くんちゃんと考えて」

「それにしても種類多いな」


 複合型スーパーの一角にスペースの置かれた携帯ショップの前で、彼らはばらばらに意見を述べた。発案の黄瀬がしょぼん、と肩を落とす。

 そう広くはない店内を隅々まで見渡し様々なメーカーの携帯を眺め回した赤司は、だが、と声を上げた。


「色は豊富だし、涼太の案もありだとは思うよ」

「そっスよね! わかってるじゃないっスか赤司っち!」

「涼太ハウス。……結局巷じゃ僕らはレンジャー扱いなんだ。いっそ携帯まで揃えてしまった方が潔いだろう」


 覚醒前とは言え、既に主将として確固たる意見と権力を持つ赤司である。既に仕事用に携帯を所有している黄瀬の意見であることを加味すれば、それは十分なアイディアに早変わりした。


「まぁ、異存はないのだよ」

「そうですね」

「アララ、じゃあやっぱ紫色探さないとー。赤ちん見なかったぁー?」

「黄瀬のクセにムカつくな。あ、青頼むわさつき」

「それくらい自分で探してよー。あっ、テツくんのは私が……ってもう選んでるし!!」

「敦はともかくお前は自分で探せるだろ大輝。桃井を煩わせるな」


 カラーリング豊富な携帯機種の前に群がり、自分の色合いに合った携帯を各自探し始めた。

 早々に黒い携帯を見つけた黒子は、少し距離を置き、楽しそうに携帯を選ぶ面々を眺める。なんだかんだと言いながら乗り気な様子に、黒子はくすりと笑った。

 すると蛍光イエローの携帯模型を手にした黄瀬が、輪から外れて黒子の元にやってきた。彼は黒子の手の中の携帯を見るなり、ええ、と不平の声を漏らす。


「黒子っち確かに黒スけど……、んーでもイメージカラーと違うっつか……」

「イメージカラー、ですか」

「そ。ほら、赤司っちは見るからに赤一択!!って感じだし他の面々もそっスけど、黒子っちってどっちかってと白いイメージがあるってゆーか。髪の色も薄水色だし」


 そう言いながら黄瀬は黒子の髪をさらりと撫でた。梳き心地は柔らかで電灯の光にきらきらと映える。うん、と一人頷きどう思うっスか、と皆に話を振ると、肯定が返ってきた。


「黒ちんの髪ってわたあめみたいで舐めたら溶けちゃいそうだよねー」

「おい紫原、発言が危ないのだよ」

「じゃあじゃあっ!! テツくんの携帯の色、みんなで選ぼうよ!!」


 桃井が意気込んだ脇で、ほれ、と青峰が黒子に携帯を投げ渡した。綺麗な水色の携帯だった。


「それだろ、テツのは」

「あ、それっ! 黒子っちっぽい!」

「大輝にしてはいいチョイスだね。うん、テツヤ、それに決定」

「あ、はい」


 有無を言わせず赤司はそう言った。あれよあれよと手の中の黒い携帯模型をディスプレイに戻すと、七人は並んで購入に向かったのだった。



「メアド! メアド交換しよっス!!」


 七人分の携帯電話の購入と、初期からアドレスの変更が終わったのは日の落ちる間際だった。夏間近と言えどもまだ日は長いとは言えない。

 複合型スーパーの食品売り場では既に惣菜の値引きが始まり、七人はゲームセンター前の広場でそれぞれの真新しい携帯を翳した。


「時間も無いし、一人が全員のアドレスを貰って後で拡散しようか」

「そうですね。これ以上長くなると明日の予選にも響いてきますし」

「じゃあ……涼太、お前が一番扱いなれているだろうしお前に任せていいか」

「もちろんっス! じゃあ順々に赤外線お願いするっスよ」


 青峰のダークブルーの携帯を皮切りに、黄瀬はテンポよくアドレスを次々に貰っていく。数分もすると全員のアドレスを貰い終わり、更に一分も経たないうちにアドレスデータつきのメールが各自に送られてきた。


From shara*0618@×××××
Sb  登録よろしくっス!!
=================
みんなのアドレスデータ添付しといた
っスよ!!
後は確認してください(`∇´つ
あとこのメアド俺のなんでっ!
ハブにしないで一緒に登録お願いっス!
ではではーノシ


「使い慣れてる感がうざい」

「顔文字が頭悪そうに見えるのだよ」

「いやいやいやいや、そこまで言わなくてもっ!?」

「よし、登録完了。確認メール送るぞ」


From 赤司征十郎
Sb わかってるよね。
==================
僕からのメールには三十秒以内に返信す
ること。異論は認めない。
遅れたやつはフットワーク五倍。
練習に混ざれないと思え。
以上。


「暴君だよ赤司くんっ!」

「桃井はフットワーク無しだから問題ないだろ」

「……携帯が手放せなくなりますね」


From 青峰大輝
Sb こんで合ってる?
==================
取り合えず試験メール。
とどいてんの?


「青峰くんの口から試験なんて言葉が出てくるとは思いませんでした」

「こんで使い方あってるっスよ青峰っち」

「ふーん、ま、意外と簡単なんだな」


From 紫原敦
Sb えーっとぉ
==================
初メール。
えーっと……特に内容は無しー。
ばいばーい。


「みんなここにいるしー。今わざわざ文で伝えること無いよねー」

「紫原らしいのだよ」

「使い方は把握したみたいだし問題ないだろう」


From 桃井さつき
Sb  えへへ^^
==================
初メールどきどきしてますっ♪
皆にちゃんと届いてると良いな。
これからもよろしくねっ!!


「はい、よろしくお願いします」

「きゃあっ! テツくんもう一回っ! 文章でっ!!」

「さつきテンションうぜぇ」

「うっさいガングロクロスケっ!!」


From 緑間真太郎
Sb  no title
==================
人事を尽くして天命を待つ。


「……真太郎」

「打つことが無かったのだよ」

「緑間っち」

「……すまない」


From 黒子テツヤ
Sb  これからも
==================
桃井さんに言われたのでもう一度。
これからもよろしくお願いします。
皆で頑張って行きたいですね。
取り合えず明日の試合、目一杯頑張りま
しょう、楽しんで。
では。


「そうだな、頑張ろう」

「赤ちんが頑張るなら俺も頑張るー」

「もっちろん目指すは大勝利! スよね!」

「まあ、この面子で負ける気は全くしないのだよ」

「サポートなら任せて!」

「情報はいいにしろいい加減マトモなドリンク作れよな。あ、テツいいパス頼むぜ」


 七人の間に和やかな空気が広がる。一人一人の温かな言葉に黒子は感極まったようにふわりと笑った。



「よろしくお願いします」



 そのままその日はお開きになって、方々に皆が解散する。最初に帰ったのは一人方向が全く違う赤司で、彼と反対方向に歩き出した六人は、会話もなく歩く。

 暫くすると、無言に耐えかねた桃井がほら、と話を切りだした。


「この前皆で撮ったプリクラまだ持ってる?」

「持ってるッスよ、ほら。こっちの携帯の裏に」

「あー多分さつきのノートのコピーと一緒になってんな」

「財布の中に入っているのだよ」

「んー、あ、んまい棒セットと一緒」

「引き出しの中にちゃんと保管してありますよ」


 保管先まで丁寧に述べた返答に、桃井はにへらと笑った。


「赤司くんには内緒で電気パックの内側に貼っちゃおうよ。記念ってことで」


 ね、どうかな? とこてんと首を傾げる。五人はうーん、と唸り、やがて黄瀬が真っ先に頷いた。


「元々こっちの携帯にはつけてるっスからね。毒食らわば皿まで、なんつって」

「用法がちょっと違うのだよ。……まぁ、どうしてもと言うならつけてやらんこともないが」

「女々しいな、ったく。ま、別に悪かねーけど」

「赤ちんに言っちゃだめー?」

「成り行きとはいえ一人ハブになって、バレたとき彼が許してくれると思いますか? 殺されますよ」

「というか、シールがバレたらあの日寄り道したのが筒抜けなのだよ」

「アララー、じゃあ赤ちんには秘密だー」


 遠回しな肯定に、桃井は全開の笑顔を見
せた。明日確認するからね! と楽しそうに告げられれば、各々返事があって更に彼女が破顔する。

 丁度話が纏まった所で十字路に当たり、そこで方角が変わる面々は立ち止まった。


「それじゃ、明日っスね」

「頑張りましょう」

「じゃねぇ」

「ファイトだよ、皆!」

「ま、ヨユーだろーけどな」

「油断禁物、各自人事を尽くして試合に臨むこと」

「なんか緑間くんが赤司くんみたいなこと言ってます」

「あはは」


 じゃ、と六人はそれぞれ帰路に着いた。


 翌日、早々にプリクラがバレ、赤司に嫉妬混じりの説教と腹いせのノルマ30点が出されたのは、また別の話である。
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