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□キセキが黄瀬くんのお仕事に見学に行く話。
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キセキが黄瀬くんのお仕事に見学に行く話。



「やっぱり差しさわりがあるんだよね」


 と、赤司が言ったのはある日の練習が終わった後のことだった。

 汗だくで荒い息をつくメンバーを見渡しながら、赤司はにっこりと微笑んだ。


「涼太がスタメン入りして何ヶ月経ったっけ」

「二ヶ月なのだよ」

「そのうち部活を早引きしたのは?」

「八回です。休んだのは五回」

「流石テツヤ、教育係だけに良く見ているじゃないか。

 ……そういうことだよ、皆。涼太にもそろそろうちのバスケ部のレギュラーだって事を自覚してもらわないと困ると思わないかい?」


 地の底から響くような圧倒的な言葉に、思わずメンバーは姿勢を正した。

 再び赤司は微笑み、その手に持っていた鋏を眼前に掲げたのだった……先端をメンバーのほうへ向けて。


「今日も涼太は途中で帰ったね。

 ……確かにモデルという仕事も尊いものだとは分かるよ。元々あっちが専業ってこともね。

 ……だからといって、僕に逆らう理由にはならないな」

「あ、赤司……? 充分黄瀬も分かってると思うのだよ……?」

「黄瀬だって抜けたくて抜けてる訳じゃねーだろ」

「きせちん、人気だからー」


 それぞれに怖々と黄瀬を弁護する緑青紫を見ながら、黒子はうん、と何かを考え始めた。

 かしゃかしゃ。

 落ちつか無そうに、鋏が開き閉じを繰り返す。

 やがて、黒子は何かを思いついたようにぽん、と柏手を打った。


「赤司くん」

「なんだ、テツヤ」

「黄瀬くんのお仕事、見学に行きませんか」








「今の表情キープしててねーっ、ん、ああもう少し顎下げて……あーちょっと下げすぎっ、ちょっと上げて……うん、そうそう。そのままキープよろしくっ! じゃあ撮りまーす!!」


 そんな掛け声があちこちに飛び交うのを見つけると、赤司を筆頭に五人は市民公園の中に入って行った。

 この公園は四季を通じて色々な花が咲き乱れているため、雑誌の撮影もちょいちょい来ていた。

 勿論キセキが見学に来たのは、その日学校自体を早退した黄瀬であって、他のモデルには目もくれない。

 人の合間を縫うようにして歩きながら、ずんずんと進んでいくと、噴水の近くで聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「すいませんっス!! もっかい撮り直しお願いしますっ!!」

「こっちこそ注文つけちゃってごめんねーっ、じゃあもう一回行くよ、さっきとはもう少し違う感じで……うん、そんな感じ!!」


 五人の目に映ったのは、センスはいいが時期に合わない服を着た黄瀬が、汗だくになりながらも笑顔を振りまいて撮影に挑む姿だった。

 かしゃり、ぱしゃり、と一眼レフのシャッター音が断続的に響き渡る。その度に、見物している女子から黄色い声が上がった。

 偶にお仕事スマイルで軽く手を振る黄瀬は、丁度反対側にいる五人には気付いていないようだった。


「……へぇ」


 赤司が感心したように声を漏らした。

 緑間、青峰もそれぞれに驚いた様子を見せ、紫原は興味無さ気にんまい棒を頬張る。

 黒子は次々とポーズや表情を変えていく黄瀬を食い入るように見ていた。


「思ったよりも、ちゃんとやってるみたいだね」

「……普段の姿があまりにアレだから、こういったところを見るまでアイツがモデルなの、信じられなかったのだよ」

「ま、普段の黄瀬は俺に1on1挑んでは負けてるだけだしなんか犬っぽいもんな」

「きせちんかっこいー」

「そうですね、予想外でした」


 まちまちの感想を述べながら、謝ってみたり照れてみたり笑ってみたり泣いて見たり、様々な表情にころころとチェンジしていく黄瀬を食い入るように見つめる。

 暫くすると、服装を変えることになったのか、黄瀬がカメラの輪から出てきた。


「涼太」

「……えっ、赤司っち……に皆っ?!」


 すかさず赤司が声をかけると、黄瀬は驚きを隠しもせずに超特急で五人の下に駆け寄った。

 見物の女子が恨めしげに五人を睨む。すかさず青峰が煩わしそうに冷えた視線を送った。


「文句あっか」

「「いっ、いえっ!!」」

「青峰っち怖いっスよもう。

 ……ごめんね、大事な用なんス。また今度ね?」

「「はいっ」」


 営業スマイルを振り撒いてひらひらと黄瀬が手を振ると、女子たちが赤面して下がっていく。その様子に緑間が長々と溜息をつき、黒子が軽蔑したように物言わぬ視線を送った。


「ちゃらいです、黄瀬くん」

「本当ならファンサービスタイムっスよ!!

 ……で、どうしたんスか、みんなして」

「涼太が部活に対してあまりに不真面目だから、処罰を与えようと思っていたんだけど……テツヤがね」

「黒子っち?」

「黄瀬くんがバスケ以外のものでも真剣に取り組んでいるって言うところが分かれば、それならそれで、いいんじゃないかって言ったんです。

 バスケに取り組むのと同じくらい真剣にやっているものなら、天秤に掛けられませんから、僕たちがどうこうできる話じゃないと思いまして」

「……黒子っち」


 黄瀬の瞳にうっすらと涙が浮いてくる。

 う、と漏れ掛けた嗚咽を根性で飲み込み、黄瀬はがばりと黒子に抱きつこうとして……出来なかった。


「涼太、ファンが見てるぞ」

「っと……そうだったっス」


 危ない危ない、と呟き、黄瀬は黒子の手を取りありがとう、と言った。

 僅かに微笑み返し、教育係ですから、と黒子が答える。


「で、あかちん。結局きせちんはどうなるわけー?」

「……まあ、こうなっている以上、仕方ないだろうな。

 ただし、なるべくバスケを優先してくれる、って僕は信じてるよ、涼太」

「……了解っス……」


 とほほ、と言った呈で黄瀬が肩を落とす。

 そのタイミングで、スタイリストさんから声が掛かった。


「黄瀬くん、次の服行くよ!!」

「はいっス!!」

「まだ真夏なのに、もう秋の服かよ。暑くねーの?」

「ま、モデルの宿命っスね。慣れれば大丈夫っスよ」


 そう言って、黄瀬は着替え用のコンテナに移動する。

 その姿を黙って見送って、五人はおのおのに大きな溜息をついた。


「やるじゃん」






▼認めたいのはその根性


 
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