no title 3

□初めまして、鏡さん
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初めまして、鏡さん


 本がドラマ化する、と言う話は特に僕じゃなくても珍しいことではないと思う。

 なんとなく、暇つぶしに読んだにしては楽しめた本だったと記憶しているし、普段テレビもあまり見ないことだし、とそのドラマを見ようとしたってまぁ、おかしくないだろう。

 と言うわけで、この僕、優柔不断な嘘つき青年こと井伊は、自宅アパートにてテレビのスイッチを入れるのだった。


「……おおう」


 スタートから遅れること十分で見始めたそのドラマでは、ちょうど街中を引っ掻き回す殺人鬼の登場シーンが始まっていて、その殺人鬼の……いや、性格には殺人鬼を演じている彼の、その振る舞いが、僕の目に吸い付くように映った。

 鮮やかなナイフ裁き、特徴的な笑い声、右頬の機械的で不可解な、大きな刺青。とてもとても、俳優さんが「演じて」いるようには見えない。


「……えーと……確かあの俳優さんって」


 あまり人の顔を覚えるのが得意ではない僕だったが、懸命に記憶を掘り返す。確か、と思い出したのはドラマ化決定、と書かれた書店で見た帯だった。


「そう、汀目俊希」


 このドラマでデビューの若手さんだったはずだと、更に掘り返した記憶をなぞり、僕はドラマに見入る。テレビの中の殺人鬼は連続殺人五人目をバラバラに切り裂いた。


「うーむ」


 この殺人鬼、ってゆーか汀目さん。どっかで会ったことあるかなぁ。

 妙な既視感に首を傾げる。

 ドラマの場面は移り変わって、殺人鬼は出番を終えた。






 なんでか知らんが「俺」は書籍の中の人物らしい、と知ったのはつい最近のことである。

 昔から、いわゆる「前世の記憶」とか言うものを持っていたらしい俺、汀目俊希は、物心付いたときからナイフの扱いが得意だった。というか、尖った物が好きだった。

 親は酷く心配しありとあらゆる尖った物を隔離したが、しかしそのうちその行為が無駄であることに気付く。まあ、尖った物が無ければ作り出してしまうどうしようもない奴だったから仕方が無い。

 すると両親は尖端好きが高じた異様なまでに上手いナイフ裁きをカモフラージュするために、俺を劇団へ放り込んだ。俺が貰う役はそんな訳でいつもアマチュア劇のしょうもない殺人犯役ばかりで、だからこそ、ドラマの殺人鬼役の打診は素直に驚いたものだった。

 ……が、それも序の口。

 受け取った台本の内容に、殺人鬼に、「あ、俺だわ」と、思ってしまった。

 監督曰く、とある小説のとある脇役の殺人鬼をフューチャーした派生シリーズ、の、最終巻。それを機軸にしたドラマらしい。


 殺人鬼、零崎人識。


「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ……だっけな」

「あれ、汀目君、その小説読んだことあるのかい?」


 なら良かった、と笑う監督に、俺はくらくら、眩暈を覚えた。



 とすると、だ。俺の前世は小説の中の殺人鬼、ということになるらしい。それってどうよ、と言う感じなのだが、そうなってくると気になるのは俺の鏡の存在だった。

 欠陥製品で戯言遣いの、しょうもない彼。

 監督自身も「戯言遣い」の役者は決めかねているようで、また作品においての彼の登場が最終回のみということで、彼のキャストはまだ決まっていなかった。


「それっぽい人がいたらヘッドハンティングしてもいいよ」


 と、監督はちゃらんぽらんに言い放ち、俺の肩をぐっと握った。……オイ待てそんなんでいいのか監督。

 ともあれ、その日の撮影はそれで終わりで、俺は暇つぶしに街中をぶらぶらと歩くのだった。

 「零崎人識」は斑髪の奇抜な殺人鬼だが、「汀目俊希」は至って普通、黒髪でアホ毛だけが同一のぱっとしない役者だ。誰に気付かれることもなく、堂々と街を出歩ける。

 そーいやあのシーンはカットだなぁ、と思い立って行き先を決めたのは夕方になってからだった。向かった先は鴨川の高架下。戯言使いとの出会いの場。無性に懐かしくなり早足で急ぐ。

 まぁ、結局着いたのは日が落ちてすぐだった。


「……誰かいる?」


 高架下には男の人影があった。

 腰を下ろし、何かを食べているように見える。……いやそんな暗いところで何やってんだよ、と呆れてみたり。

 とにかく邪魔にならないように、と気を使いながらゆっくりと土手に下りていく。じゃり、と足元の小石が鳴った。やべ、と思ったところで彼が気配に気付いたのか振り返る。

 そして。


「……あ、汀目俊希だ」

「……え」


 そこにいた人影は、欠陥製品だった。
 
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