捧頂

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(ああ柄じゃない)


 緑間は最近、頓にそう思う。何に対しての、と訊かれれば勿論答えは決まっていた。


 特定のとある人物への接し方。


 そもそも彼は自分の厄介さをきちんと理解していたし、その厄介さを許容してくれる者に対しては程度の差こそあれども感謝していた。自分でも自覚はあるのだ。語尾といい、七面倒臭い性格といい、生死を託すほどのおは朝占い狂といい。

 ただその自覚が反省と矯正の方向とは結びつかないことこそが緑間真太郎が緑間真太郎足る所以だったことは誰の目からも想像に難くない。

 中学時代の、自分より遥かにおかしなチームメイトとの接触は、その方向を更に極める結果となったし今更彼にどうにもこうにもならなかったのである。

 だから、高校になり友人たちと散り散りになったとき、実は緑間は心底ほっとした。

 ――これで多分ずっとマシになるはずだ

 人事を尽くした選択。ラッキーアイテムもちゃんと肌身離さず持ってる。きっと。


 それがどんなにかしたところで気休めにしかならないという事実を、緑間真太郎は綺麗さっぱり忘れていたのだった。



「あ、このシャツとかどうですか。眼鏡男子。お似合いだと思うんですけど」

「黒子」

「ちなみに僕はこれです。透明少年。どやあ」

「……お前のはしゃぎっぷりが見るに堪えないのだよ」


(一体どうして、こうなった)


 二度目の対誠凛戦を終えてからというもの、緑間は黒子とよく会うようになった。

 それは勿論偶然に依るところもあれば、互いに連絡を取り合った結果であることも多い。


(帝光にいた頃さえ、こんなに黒子と二人になることは無かったというのに)


 スポーツショップの遊び心満載のシャツをあれこれ見ながら、緑間は小さく溜息をつく。隣で次々と手を動かす黒子に、どうにも判然としない思いを抱いた。


「何を言いますか緑間くん。この手の文字入りシャツは今のトレンドですよ。テンション上がらない方がおかしいです。ましてや」


 そこで黒子ははっと口噤んだ。ふいと視線を逸らされる。

 訊くべきではないだろうと瞬間的に悟って、緑間は黒子が持ったままの「眼鏡男子」を手に取った。


「お前は流行に乗るような奴じゃないのだよ。そのくらいは知っている」

「……緑間くんって」


 馬鹿ですね、と小さな口が動いた。見なかった事にしてシャツを前に当ててみる。


(……いや、これは無いのだよ。絶対、いらない)


 鏡を見ずして既に緑間はそう心に決めた。毒々しい赤だ、と思ったからだ。無言でハンガーにかけ直して戻すと、黒子は僅かに眉を寄せた。


「緑間くんノリ悪いです」

「なんとでも言え。俺はそういうのは好かん」


 きっぱりと言うと、黒子は溜息一つで、自ら選んでいた「透明少年」も元に戻した。


「そろそろお昼にしませんか」

「お前それ買わないのか」

「はい」

「気に入ってるんだろう」

「今日はいいんです」

「……そうか」


(全く。訳が分からない)


 一人ごち、足早に店を出る黒子の隣に早足で追いつく。並んで歩くとどうにも上手い言葉は見当たらない。


「……マジバ以外で頼むのだよ」

「嫌みな人ですね」


 仕方なく、緑間は自分よりも30センチ近く小さな頭にぽんと手を置いたのだった。






 結局黒子が選択したのは小さなファミレスで、しかも店名が「パイナップル」であったものだから、緑間の気分は底まで沈んでしまった。脳裏に、擽くぞ刺すぞ潰すぞ、を笑顔の憤怒で言ってのける先輩を思い出したからだ。


(あの人ほど物騒な人も……ああ、赤司がいたか)


 緑間は一人柏手を打って納得し、バニラアイスをつっつく黒子の正面に座り直した。黒子が驚いてスプーンを取り落とす。何をやってるのだよ、と言わぬばかりに緑間は呆れた表情を浮かべ、その直後にふと黒子に向かって手を伸ばした。


「あの」

「ついてる」

「え」

「動くな」


 口元のアイスの残滓を拭い去りその指についたモノを舐めとった所で、緑間は我に返った。 黒子の茫然とした顔にぽつぽつと赤みが広がっていく。

 ふいと黒子は顔を背けて、そのまま席を立とうとする。立ち上がりかけた黒子の腕を緑間は軽く引いた。


「すまない」

「……大丈夫です。すみません用事を思いだしたので帰ります」


 小さく呟くような声は細かく震えていた。緑間は息を呑む。

 刹那の硬直。

 あ、と緑間が声を出すと同時に腕が振りきられた。


「あ、くろ、」

「では、また」


 早足で出て行った黒子にマトモな言葉すら掛けられず、緑間は宙を掻いたままの手をゆっくりと下ろした。


(なんだって、上手くいかない)


 特定の人物への接し方。


 言わずもがな黒子のことだ。会う度会う度、形容しがたい思いだけが募る。それを隠そうとするといつもより数段言葉に剣が籠もるのだから手に負えない。

 黒子の食べ残したバニラアイスは硝子の器の中でのろのろと溶けようとしていた。黙って眺めて、緑間は一口、自らが注文していたコーヒーを飲み下した。


「……苦い」


(取り敢えず)

(次に会うときは不用意に謝るのは、やめた方が良さそうだ)


 携帯電話の送信履歴から黒子の名を探す。先頭に出て来て、その後も高尾や大坪の合間にぽつりぽつりと並んで浮かび上がってきた。

 いつの間にこんなに黒子とやりとりしていたのだろう、と驚きつつ、緑間は一通のメールを送る。



TO 黒子
FROM 緑間真太郎
SUB また
――――――――――――――
今日は中途半端になったな。
だがまぁ楽しかったのだよ……
……多分な。

嫌なら別に構わないが、
もしよかったら後日改めて
付き合ってくれるとありがたい
のだよ。
今度はもう少しいい感じの
シャツを見立ててくれれば助か
る。
透明少年。は似合ってると思う
から、次は買うことを進める。

長々と書くのもあれなので
これで失礼するのだよ。

また。



(こんなものでどうだろうか)


 あの幾許か小さい頭が動いてしょうがなさそうに自分の顔を見上げる様子を目に浮かべ、緑間は残りのコーヒーを飲み干した。





▼夢想する君の影















Kou様のお誕生日に書かせていただきました。
遅れてごめんなさい。緑黒ガチで書いたの多分初めてでした楽しかった!!
ネタは言わずもがなエンドカードより。

 

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