稲妻2

□Alice
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Alice


「僕がいなくなっても、絶対悲しまないでね、白竜」

「……どうした、シュウ。らしくもない」

「んーん、言ってみただけ。他意はないから、ね」


 心配した? とシュウはくすっと笑った。

 ボールを蹴っていた足を止め、シュウを視界に入れる。

 笑顔が、思いがけず胸に詰まった。


「そういうことは、冗談でもよせ。

 ……悲しまない、訳、ないんだから」

「……、それは、困ったなぁ」


 俺はその言葉に息を呑む。

 言葉の響きが、本当にいずれ消えることを示唆して、困っているようで。


「シュウ?」

「ま、一緒にいた人がいつの間にか離れてくってのは案外よくある話だし。

 出会いの数だけ別れがあるってなら、僕と君との出会いにも、いずれ別れがあるって事でしょ。

 だから、」


 シュウはそう言って俺の足下のボールを奪い取った。

 俺に背を向けて、その背中が、何よりも雄弁に物語った。


 いつか、別れるときがくること、を。


「足音」

「……うん?」

「影」

「……」

「今は、ちゃんと二つ並んでるでしょ?」

「当たり前」

「いつの間にか隣に誰もいなくなって一人で歩くことになっても。

 君はそのまま歩き続けるんだよ、絶対。君は、一人で行くんだから」


 ボールを放ってこられて、思わず受け止める。満足げに笑って、シュウは両手を叩いた。


 パス、パースっ。


 快活な笑顔が、酷く目に染みた。

 足音は、確かに俺とシュウと二つ。影も、二つ。


「でもな、シュウ。それでも俺はずっとちゃんと足音も影もあるって、信じてるから」

「……そう」


 そうだね、白竜が信じてるなら、僕もそう願おう。


 そう言った。

 願う、と言った。


 信じる、とは最後まで言わなかった。










「だってどんなに願っても叶わない事なんてこの世には幾らでもあるんだよ。

 叶わない願いなんて、する方が残酷でしょ?

 願って叶うなら、僕は今此処にはいなかったんだよ白竜。君に出会うことなくいられた。叶わなかったから此処にいるんだ。

 前にも言ったね、白竜。

 僕がいなくなっても悲しまないで。

 確かに君はあの時、無理だ、なんて言ったけど、やっぱり無理なの?

 君はゴッドエデンから、この島から放たれるときが来たんだよ、諸手をあげて喜ぶべきだ。

 僕も、気が狂いそうになるくらいの年月縛られ続けた思いから解放された。もうこの島に……この世にいる意味はないんだ。

 だから、今度は君が一人で、前を向いて歩き出す番だ。

 いいや、君には僕の足音じゃなくても一緒に歩行音を出してくれる仲間がいるはずだよ、白竜。

 聞き分けがないのはあんまり好ましくないんだ。早く、君も行かないと、此処に一人、取り残されちゃうよ」


 雷門中がこのゴッドエデンを解放してから、劇的に俺とシュウの関係性は変わった。

 ようやく聞けたシュウの正体は、俺にはどうすることも出来ない。

 ずっと一緒に居られると信じていた自分のお門違いを無力さを、思い知る。


 目の前のシュウはやっぱり笑っていた。

 初めてあったときも浮かべていた、薄っぺらな笑顔だった。


「でも、」

「いい加減、わかってよ白竜。僕はそのフェリーには乗れない。

 僕はこの世からもう旅立てる。妹に謝りに行ける。

 邪魔、しないで」


 何を言っても届かないと悟る。

 聞き分けがないのは俺の方だった。今陥ったこの会話は、シュウが一番したくなかった会話だった。

 解っていながら、俺は。


「お前が好きだったんだ!! シュウ!!

 いられるならずっと一緒にいたい、一緒にボールを蹴って走って追いかけていたいんだよ。

 これからじゃないか、これから、沢山、沢山、忘れかけてた楽しいサッカー、思い出せるじゃないか!! なぁ、シュウ!!」

「……居られないから、お別れなんだよ、白竜。

 僕も、君といられた時間は愛おしいけど、でも、お別れ、なんだよ」


 そう言ったシュウの瞳に、涙が溢れてるのを見た。

 俺の視界も、揺らいでいた。


「……全く、ずるいな、シュウ」

「知ってるよ」

「泣かれたら、退くしか無いじゃないか」

「うん」

「お前の高みには、手が届かないよ」

「最初からわかってたくせに」

「でも、いつかは届く予定なんだ」

「後悔で思念にならない程度に頑張って」

「お前が言うと、リアルだな」

「そりゃ、勿論」

「知ってる」

「……これから僕は一人で歩いてくけど、独りじゃない。君はたくさんの仲間と、歩いていくんだ。

 僕らの過ごした時間は、無駄じゃなかったよ白竜。ありがとう、また逢えたら、その時は、」

「逢えたら、じゃなくて、逢うんだよ。

 だから早く生まれ変わって会いに来い。待ってる」

「……うん」

「じゃあ」

「うん」



「「サヨナラ」」



 未練は、もう無かった。

 この別れが、俺達の最後の同一だった。


 俺はシュウに背を向ける。

 フェリーに向かって走り出した。


「君は、どこにだって行けるんだよ」


 と、呟く声が聞こえた。


「また、逢おう」






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