Long novel

□下
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下:骨折り損のくたびれもうけ


「一度壊滅した零崎だけど、結局は孤独な殺人鬼の詰め合わせな訳だから、多分復興自体は簡単なんだよ。

 問題は暫定的に『長兄』である俺が家賊を必要としていない事だ。

 絆を重んじなければならない『零崎』の性を俺だけが例外的に無視できる。無視が出来てしまう。

 ……かははっ、何なんだろうなぁ、欠陥。こいつぁとんでもねえ。俺は異端だ」

「聞けば聞くほど戯言だ人間失格。

 さっきからなんだかんだいいながら『零崎』の復興の為に色々考えている君が、どうして異端になる?

  お兄さんの事があるにしても、君は気紛れの権化の癖に現実問題、現状の立ち位置に酷く自覚的だ。

 ……君は『他人の役に立つために生まれてきた』と言ったらしいその女の子を揶揄したけれども、その子と同じ精神を君が宿していないとは言わせないよ、零崎。

 多分、その子は決定的に絶対的に全体的に、人の心の理解が出来ないのだろうけど。

 君もそうだろ。だから、お兄さんの遺言を実行しようとした。だから、零崎を続ける気概でいる。

 ……傑作に、戯言だよ」


 卓袱台の上のコップの中身は空だった。

 零崎は、ただ黙って空のコップをゆらゆらと揺らした。


「……かはっ、知った口言いやがって、ってまぁ鏡だもんな、当然か。
 
 俺の用事に付き合ってくれたりしねぇ、欠陥」

「って何。その子に会いに行くって話? 君単体の話ならともかく、それは零崎が絡んでる話だろ、いやだよ」

「ちぇ、俺は何度もいーたんの危機助けてやったってのにひっでぇ話。甲斐性なしなんだからーぁ」

「君に見せるべき誠意も甲斐性も僕には生憎持ち合わせが無いんだ」

「かはは」


 と、零崎は立ち上がり、コップを流しに置いた。


「そんじゃまあ、行ってくるわ」

「ん、適当に頑張れ」







「『ちょっと失礼』『話に割り込むのは正直あんまり気が進まないんだけど、さぁ』『誤解、とか』『面倒だから』」


 臨戦態勢に入ろうとする私を押しのけ前に進み出たのは、傍観を決め込むだろうと思っていた球磨川だった。

 汀目をとくと観察すると、なにやら思い立ったように、幾本かの螺子を投げる。


「うっわ?! え、何、奇術師かなんかかお前」

「『失礼な』『僕の過負荷を』『そんな簡単に言い換えないでくれないかな』『………相似形、さん』」

「相似、ねぇ。上手いトコついたもんだ」


 鏡面、写真、と来て次は相似かぁ。バリエーション豊かで笑えてくるぜ。と、汀目は哂った。

 球磨川は私に向き直ると、ここは僕に取り仕切らせてよ、とおよそ球磨川らしくない言葉を繰り出す。

 だがまぁ私が汀目を相手にしたくないと思うのは、正直な気持ちであって、取りあえず頷いた。


「『僕はそのゼロなんたらってのは知らないんだけどさ』『殺人衝動が加入条件』『ってところなんだよね、多分』」

「大当たりですよぅ」

「まぁ、推測は容易いことで死ょうね」

「で、それがどうしたよ」


 零崎が三者三様に答えを返す中、球磨川は選挙に集まった生徒の中から宗像を見つけ出し、舞台に引きずってきた。

 不機嫌そうに球磨川の後を歩く宗像三年生と、にたにたと様子を伺う零崎。

 危機感を覚えて球磨川を呼ぶと、あっけらかんに笑った。

 
「おい、球磨川」

「『大丈夫だぜめだかちゃん』『ちょっとくらい』『信用してくれないかなぁ』」

「君に引きずられるのはとてつもなく屈辱だよ球磨川。手、離してくれるかな」

「『あっと』『ごめんごめん宗像くん』『単に、逃げないようにしておこうと思っただけなんだ』『気を悪くしないで』」


 ざわざわと人波が揺れる。

 球磨川と宗像三年生は牽制するように睨み合い……そして同時に汀目に視線を向けた。


「『大嘘憑き』『なぁんちゃって』」

「は?」

「僕にはもう殺人衝動が無い、って話だよ」

「……おう?」

「『端的に言えば』『宗像くんの異常は僕が突破しちゃったから』『もうカケラも残ってないって話』」

「そもそも僕は殺したい衝動を抑え続けて生きてきたんだ。君らに迎えに来られても、正直迷惑以外の何者でもない。受けるまでも無く試験落第だ」

「……あっ!!」


 喜界島会計が思い浮かんだように手を打った。ああ、そう言えば伝聞で聞いた。

 私と善吉が、対立した日の事だ。


「『わっかりやすくてやすっぽぉーいオチ付けてごめんねぇ、刺青くん』『これが週刊少年ジャンプだったら』『読者に呆れ返られちゃうような酷いオチだよねぇ』」


 あとは任せためだかちゃん。

 球磨川はそう言って笑顔で舞台を降りる。後に続いた宗像三年生は、とんと背中を押していった。


「……汀目」

「だぁから、零崎だっての」

「貴様、もう帰れ」

「……」

「別にお前に出くわしたくなど無かったし、第一貴様の用事は今ここで消滅しただろう。

 我が……いや。これからは善吉の、か。箱庭学園の生徒は誰一人として貴様の家族に非ず。貴様が此処に居続ける理由も無い」


 帰れ。

 もう一度端的に述べる。

 汀目はふぅん、と二度三度頷いてから、思いっきり気持ちよく笑った。


「かはははっ! ……へぇっ? お前の気色悪い全世界の人間愛? 一生治らねぇもんだと思ってたけど。言うようになったじゃねぇか黒神。

 ……まっ、そちらさんの言うとおりだなぁ。殺人衝動がねぇなら意味がない。全く、骨折り損のくたびれもうけだぜ。

 けどまぁ黒神。お前にもっかい逢えたのは良かったぜ。二度と会いたくないけどよ

 あーそれと、なんだっけ。球磨川?」

「『何ですかーぁ』」

「お前、俺に似てるの確かだけど、俺の鏡の方が近いな。及第点」

「『……別にそんなのどうでもいいんだけど』」


 ふてくされて膝を抱いた球磨川に喜界島会計がフォローに回る。

 零崎達はその様子を見かねて吹き出し笑った。


「そんじゃここいらで。……ま、縁が合ったら?」

「貴様と通ずる縁など無いことを祈るよ」



 
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