Long novel

□戯箱 上
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上:間違いは何処?

 
 突き詰めた嘘は真実を凌駕する


 嘘をつくのは僕にとって世界の調和に等しい。それは僕の鏡が息をするために殺人することと多分同じ事。

 じゃあ此処で簡単なロジックを考えるとしよう。

 鏡面性。

 鏡写しに正反対の僕と零崎は、一体どれほど分かり合えるだろう。

 答えは単純明快。

 分かり合えない必然。理解できる異常。

 僕が戯言遣いとして世の中に「在る」以上に彼が殺人鬼として跋扈する「有り」方。


「僕は君みたいな奴が大嫌いだよ、零崎。僕が嫌いで君が嫌いで、最後に全てを無為、零と等しく嫌いだ。僕みたいな奴は世の中から抹消された方が世界に優しいだろうな」

「世界は誰にも優しくないぜ? お前なんかが簡単に語れる事じゃないし俺みたいな失格が意見できるサイズでもない」

「尤もだね、それは。君にしては中々いい言葉じゃないか、人間失格」


 かはは、と零崎は笑う。僕は笑わなかった。

 骨董アパートの狭い部屋。卓袱台の上の水の入ったコップ。二つ並んで、水面上に微かに波紋を作った。

「なぁ、欠陥」

「なんだい、失格」

「ちっさい頃によ、俺、へんてこりんな女に会ったことがあるんだよ」

「へんてこりん」

「そ、今思えば死色の片鱗でもありそうな奴だったんだけどな」

「哀川さんの……」

「そいつは何の気なしに……っつーか、大真面目に、イカレた奴だった」


 零崎がまた楽しそうに笑う。手前のコップを取り、ぐいと水を仰いだ。

 僕は黙って続きを待つ。


「信じられるか、欠陥。そいつは、真面目も真面目、大真面目に『自分は見知らぬ他人の役に立つために生まれてきた』っつったんだぜ……?」







 私が他人の為に生きてきた13年と少し(他人の役に立とうと決めたのは2歳の時だから間違ってはいない)の中で、実は本当に話も暴力も通じなかった人間が一人だけ存在する。

 彼はかつての球磨川のように悪いと言う概念を越えた『過負荷』だったわけでも、それ以前に悪だったわけでも無かった。

 ただ、圧倒的に『何か』が『おかしかった』奴だった。

 例えるなら零。その刃物のような鋭さを隠し、気配を無くし、存在感だけを残す、零の極地のような男だった。

 奴と会ったのはただ一度きりで、善吉すらも奴の事は知らない。それで良かった。

 の、だが。


「他人の役に立つために生まれてきた、って抜かしてたちみっこが、まさかホントに他人の上に立ってたなんてなぁ? かははっ、傑作だぜ。

 どーも、久しぶり黒神めだか。俺のこと覚えてる?」

「貴様……汀目俊希、か……?」

「ナイス記憶力、流石だな黒神。……と言いたい所なんだけど、その名前は中学で捨てたんだ。

 零崎人識!! 職業は元殺人鬼ってとこだな。あんたの愛すべき他人をスカウトしに来たのさ。俺の唯一の兄貴の遺言でね。了承して貰うぜ?」


 飄々とそう言いさったその男は、間違い無く汀目だった。

 小学生の頃からの異端な刺青。独特な笑い方。存在感があるのに気配がない矛盾。

 私が清濁併せ呑む主義なら、汀目は等しく零へと還元する。

 成程、零崎人識。ぴったりな名前だ。


「貴様の兄、というと……」

「黒神は『普通』だから知らないと思うけど。20番目の地獄、自殺志願、マインドレンデルの零崎双識。

 兄貴が随分前から探ってた『家賊』の気配を見つけたからな。遺言を果たしに来たんだよ」


 やれやれと汀目は肩を竦めた。

 ざわざわと生徒達が騒ぎ出す。私が生徒会長最後の仕事として安心院なじみを更正させた直後の出来事なだけに、妙な熱気が会場を包んでいた。


「安心院なじみ」

「なんだいめだかちゃん」

「コイツがこのタイミングで現れたのは漫画的にあり得るか?」


 キラキラと涙の残滓を光らせて安心院なじみは、ふるふると首を振った。


「ラスボス倒した直後に空気の読まない新キャラ登場なんて、流石に無いぜ。新シリーズ始動してからだよ普通」

「そうか。と言うことは今貴様は一つ、世界の現実味を体感したな」


 にこりと笑うと、彼女は虚を突かれたような顔をしてから、その通りだね、ときゃらきゃら笑う。

 そこでやっと私は汀目に向き直るのだった。


「貴様の家賊だと?」

「そっ、一度壊滅した零崎。地道にメンバー引き入れないと御家取り潰し、なぁんてなりかねないからなぁ。ま、俺としちゃどーでもいいんだけど。

 ……俺ら零崎に血の繋がりはない。あるのは流血の絆さ。……なぁ、伊織ちゃん、砥石」

「私としては人識くんが其処まで零崎の為に尽力してるのが不思議ですよぅ」

「兄さんが長として責任を背負う分にはいいと思うけど。それと兄さん、僕は零崎問識です」


 汀目の後ろにいつの間にやら二人、立ち尽くしていた。全く気配を感じさせずに。

 かはは、と汀目が笑う、笑う、嗤う。


「聡明な黒神なら分かるだろ。言っとくけど、殺し名は並大抵の奴にゃ相手にすらならないぜ。黙って差し出しておくれや、えーっと……なんだっけな。そう、枯れた樹海」


 枯れた樹海、ラストカーペット……宗像形!!


「お前等が異常と呼ぶそいつの殺人衝動。零崎からしたら、ただの性質、普通だ。なんせ俺らは、そういう集団だからな。

 ……枯れた樹海、いるなら出て来い。気は進まねぇが、俺がお前を試験してやんよ」






to be continued...

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