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□さよならマイメモリー
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さよならマイメモリー

※玖渚屋敷で出夢が西東天に会わなかった設定



『兄貴は変わったね、変わっちゃったね。

 前はもっと孤独でギラギラしてたよ、無謀が楽しそうだったよ。だってそれが兄貴の強さだったから。

 なのに、兄貴、今は兄貴、全然強くなんかないよ』

『……理澄、』

『混ざってるよ合わさってるよ兄貴。それじゃあ理澄は何のために生まれてきたの?

 兄貴が弱くなってくから、強くなっちゃう。普通じゃ利用価値が無いのに。

 兄貴、そうでないと、ね、理澄、ね』



「やめろっ!!」




 自分の声に驚いて跳ね起きる。固いマットレスの感触。人識の通う中学の体育倉庫だった。

 荒い息をつき、辺りを見渡す。見知った姿はなく、特有の黴臭さが鼻についた。


 良かった、人識まだ授業中か。ともごもご呟く。


 取り敢えず寝心地の悪いマットレスから反発性にだけは富んだ高飛び用のマットに移動した。ごろり。


「……やーっぱ、潮時なんかねぇ、人識」


 腕を翳してみる。袖の長さは足りない。それ以外の寸法はぴったりの、制服。

 思い知らされて、しょうがなかった。


 僕は、


「僕は、《人喰い》の、出夢」


 脳裏に焼き付いて離れない残像から首を振った。


 ―――理澄。


 視線の冷たさだけが、何も見ていない視線が、ただただ思い浮かばれた。

 僕が、してなきゃならない筈の、瞳だった。


「……くっそ……」


 マットに叩きつけた腕が、あっさりとビニールを突き破る。

 普通、にぶつけたはずの苛立ちを体現する腕は、普通、じゃかった。


「強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ強くなきゃ」


 願掛けのように呪いのように洗脳のように繰り返す。キンコンカンコン、と終業のベルが聞こえるまで、ずっと。

 人識にはここに居ることを知らせてないけど感づいてて、終業と同時にやってくることは分かり切っているから。

 程なくして、がらり、と扉が開いた。


「出夢っ、お前性懲りもなく学校に侵入してくんじゃねぇよっ!!」

「ぎゃははっ、べっつにいーだろ? ちゃぁんとおとなしくしてたし? 一般人には手どころか顔だって出してねぇよ」

「あーそーかよ、ならいーけど。

 で、今度は何を手伝えっつうんだ?」

「……いんや、そんなんじゃねぇよ人識。

 そうだな、強いて言やぁ、お前の怪我の調子聞きに来たってとこ。僕の責任で負わせた傷だからな」

「へぇ? 殊勝なこった、どうしたんだよ」

「気が向いただけだよばーか」


 うっぜ、と人識は一言。僕の隣にどかりと座り込んだ。


「大丈夫かよ、出夢」

「何が」

「最近なんか悩んでるみたいだったから」

「はあ?」

「俺の勘違いなら、いいんだけどよ」

「………あながち、そういうわけでもねぇけど」


 お前のせいでこんなになってんだよ、と呟く。

 そんな僕に気づかなかったように、人識は軽口を続けて言った。


「相談くらいなら乗るぜ? あれか、俺では物足りなくなったから兄貴を紹介して欲しいとか、そうかそうか、それなら、」

「人識」

「んじゃあれだ、特殊方面で西条……は無しか、お前ぶっ殺しそうだし、えーと、じゃあ……、」

「ちょっと黙ってくんねーか、人識」

「……出夢?」


 寝転がったままの僕の顔を覗き込む人識の目じゃ本当に僕を心配していた。

 心地よさを感じて―――そんな自分に苛立つ。


 ―――畜生、これが、僕かよ。

 歯痒くて嬉しくて悔しくて楽しい。矛盾。お前といると、どんどん僕がズレていく。


 マットにのめったままだった手を人識の頬に伸ばす。掴んで引き寄せて、噛み付くようにキスをした。

 何度目になるかはもう分からなくて、レクリエーションとして殺し合う必然と同じくらいしてきたキスに、僕も人識も、もう抵抗は特に無い。

 油断なく主導権を奪い返してきた人識に流されて、瞳を閉じた。


 ―――『兄貴、そうでないと、ね、理澄、ね』

 ―――『理澄が』





 ―――『消えちゃう』


「……っ、」

「……出夢?」

「……っぁ、悪い」

「本当にどうしたんだよ、お前」

「……人識」

「あ?」

「もう、会わない」

「は?」


 呆気に取られた人識の顔を見据えて、僕は精一杯笑った。


「お前なんか大嫌いだ馬鹿野郎、お前さえいなければ僕は、僕は、僕は、僕は、強くいられたのにっ!!

 お前は僕を弱くするっ!! それは僕の存在理由とノットイコール、結びつくことは無いっ!!

 ……ぎゃははははははははははっ、お前なんか、お前なんか、っ」

「……そーかよ」


 人識を引き寄せたばかりの腕が、人識を殺人するための兵器になる。

 殺気、殺気、殺気、……愛情。

 人識は、制服の袖から、一本、ナイフを取り出した。


「けどよ、出夢」

「なんだよ?」

「俺は、多分ずっとお前のことが好きだぜ」

「………はっ……、

 かっゆいこと言ってくれんじゃねぇかよ!! 甘いんだよ、要らねぇよ、そういうのは!!」

「だろーな、だから、俺がお前に一方的に告げるだけだよ」


 すい、とナイフを平行に構えて、人識は僕が好きで好きで大嫌いな笑顔を向けた。



「お前がそれでいいなら、俺もそれで良かったよ」




「………あーあーあー、お前のせいで、予定が台無しだ」

「そりゃ重畳」

「憎まれて別れるつもりだったのに、愛されて別れるなんて」


 呼応して、僕も腕を振り上げる。


「最悪だ」

「傑作だろ?」


 後はもう、言葉は要らなかった。

 人気の無い校舎裏の体育倉庫。広さはそこそこ。そもそも体育館自体が老朽化で立ち入り禁止。

 殺しあうには、あまりにもうってつけだった。









「理澄、ごめん、今まで」

「どうしたんだね兄貴っ! なんかやなことあった?!」

「いんや、いいことならあったぜ。強さを取り戻してきた」

「強さを?」

「そっ、人識とマジで殺し合って、別れてきたから」

「……そっか、そうなんだねっ、じゃあ、兄貴は元通りなんだねっ?」

「どーだろーなぁ」

「え?」

「違う種類の強さを手に入れた、のかもなぁ」

「良く分からないんだね」

「そうだな、よくわかんねぇわ」

「でも、それもまた良しなんだねっ」

「そ、良しだ」

「バッドエンドでハッピーエンドっ」

「傑作っていってくれや」







▼形を変えた愛
(確信したから言葉も弱さも要らないよ)


 

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