no title 2

□「・・・なぁ、」
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「・・・なぁ、」
 








 きっといつかは

 消えてしまう?

 俺の名前、

 お前の中から













 その日の零崎は妙にアンニュイ、というか、センチメンタル、というか、兎にも角にも変だった。

 ぼふん、と真新しいベッドの上に倒れたまま起き上がろうともせず、視線だけを僕に向ける。

 頬の刺青だけが、ずぶずぶとベッドと一緒に沈んでいきそうな零崎の存在感を主張していた。

 いーたん、と弱弱しい声が僕を呼ぶ。


「おれのせかいから、きえないで」

「・・・・・・零崎?」


 伸びてきた手が、僕の手を掴む寸前で止まる。

 日の差し込んだ部屋の中で、零崎の赤い瞳がゆらゆらと揺らいだ。


「色んなとこを旅してきた、けど、狭いんだよ、いーたん。

 俺の世界、沢山、消えてきたから。死んで、逃げて、ここだけ」

「・・・・・・僕も、あんまり変わりない、かな」

「でも、いーたんにはまだ残ってるだろ、選択肢」

「否定は出来ない、な」

「・・・・・・・・・あーあ、・・・・・・傑作、だぜ」


 零崎は自嘲混じりにそう、呟いた。

 存在が希薄になっていくように見えて、携帯電話を取り出す。

 ピロロン、と間抜けな音とともにシャッターを切る。勿論、画面の中に零崎はいた。


「全くの戯言だよ、零崎」


 零崎の手を握った。低体温の、僅かな温もり。

 それだけで、充分だった。

 零崎は、

 零崎人識は、確かに今、僕の世界に存在していた。


「僕は、僕の世界を取捨選択するだけだから、お前の世界なんて知ったことじゃないんだよ、零崎」

「・・・・・・まぁ、そうだよな」

「でも、な」


 ベッドの海から、零崎を引き上げる。

 勢いで零崎の小さな体躯が僕の腕の中に納まって、諸共床に倒れた。

 したたか後頭部を打つ。ぐらぐらと揺れる視界で、零崎を捉えた。


「僕の世界の大部分を零崎が占めてるから、零崎の世界もそうだったらいいのに、とは、とは思う、けど」

「・・・・・・・・・いー、・・・たん」

「っていうか」


 強く強く抱きしめる。

 硬直した零崎の耳元で『あらん限りの大声』で、叫んだ。


「お前の中から勝手に僕を消すな逃げんな殺すな解すな並べんな揃えんな晒・・・・・・すぶんにはいいか。

 とにかく! 今、僕もお前の此処にいてお互いが必要で依存してて!! それに何か問題があるか?!!」

「ない!! ないです全く持ってノープロブレム!! 耳!! 死ぬ!! やめてやめてやめてやめて!!」

「・・・・・・・・・あぁごめん」


 音量を下げ、ついでに腕の力も緩めた。

 零崎がすかさず怒鳴られた右耳を抑えて涙目で僕をにらんだ。


「いーたん馬鹿だろ! 鼓膜破けるとこだったろが!!」

「調子出た?」

「・・・・・ぁ、」


 今気付いた、とでも言いたげに零崎がぽかんと口を開けた。

 一拍あけて、いつもどおりのシニカルな笑顔を浮かべる。


「かはは、ったく勝てる気がしねぇ」

「別に争ってないだろ。ってか口八丁に関しては僕のが絶対軍配があがる」

「え、全部戯言?」

「いや、本音」


 ならいいや、と零崎が体の力を抜く。

 僕に凭れ掛かるようになって、僕は勿論その身体を抱きとめた。


「・・・・・・・・・いーたん」

「なんだい零崎」

「こーゆー俺って、らしくないんだけど、よ」


 じっと見つめられる。

 赤い瞳。が、僕を映して。


「いーたんがいなくなったら、痛いよ。

 壊れるくらい痛いくらい、今、いーたんのこと、好きだから」

「・・・・・・うん」


 僕も似たようなものかな、と考えながら、零崎にキスをした。

 依存、に似ている。

 もう、離れたり出来ないくらい、溺れてるんだろうなと、思った。


「あのさ、零崎」

「・・・・・・・・・おお」

「一緒に、暮らそうか」


 僕とお前の世界が、溶け合う為に。









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