no title 2

□弔い歌
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弔い歌


※“ネコソギラジカル”後、“人間人間”ネタ含む



「お帰りなさい人識くん、久しぶりの日本はどうでした?」

「おおただいま伊織ちゃん、実に傑作な旅だったぜ」

「例の人識くんの鏡さんにお会いしてきたんですよね」

「そんな感じだな。あーあと、色々腑に落ちたところも」

「ほえ?」


 すっかり義手を使いこなしている伊織が、人識がちゃっかりしっかり買い込んできた日本のお土産を受け取った。

 流石に拠点が京都。買ってきたお菓子の割合は7:3で八つ橋:その他である。

 沢山の包装紙の中から適当な一つを破り、いただきます、と伊織が生八つ橋を口の中へ放り込む。


「粒餡…ってかあんこ………!! まさに日本ですね懐かしいです!!」

「そりゃ重畳。まあつい数ヶ月だけどな、こっち来て。

 俺のいない間、なんも無かったか?」

「ええ特には……あ、ありますありましたよぅ、人識くん! 伊織ちゃんちょっと頑張っちゃいましたよ」


 荷物の中をがさがさとあさり、伊織は大きなファイルを取り出した。

 中に挟まっているのは零崎曲識作曲、作品NO.200『ぎっこんばったん』の楽譜である。

 だが彼女は得意気にもう一冊、新しいノートを取り出し、人識の前に置いた。


「これは?」

「伊織ちゃんの二週間です。お蔭でいいリハビリになりました」


 ほらほらぁ、と開いたそのノートにはすっきり整理され連弾用に作り直された『ぎっこんばったん』の楽譜が書かれていた。

 おお、と素直に感嘆を洩らし、人識はノートをパラパラと捲る。


「こりゃ文句無しに傑作だな」

「でしょう! あとはこれで練習すれば曲識お兄さんに恩返し出来ますよ」

「あー…、そのこと、なんだけどよ」


 伊織の言葉に、人識が僅かに表情を曇らせた。気まずそうに刺青側の頬を掻き、視線を泳がせ、それからやっとこさ口を開いた。


「零崎一賊壊滅ってとこなんだわ、現状」

「……はい?」

「俺らがこっち来てすぐ俺ら以外の零崎が皆殺しにされた、ってこと」

「……あの、赤いお姉さんですか?」

「違う。人類最悪に操られた人類最終」

「……」


 ああ、と伊織が力が抜けたような声で呟く。

 人識は『ぎっこんばったん』の楽譜をぱたんと閉じた。


「私は、新しい家族に会いぞこなったんですね」

「……そういうことに、なるな」

「本当に、私と人識くんだけのコミュニティーになっちゃったんですね」

「つっても俺は、」

「双識さんの事しか家族と思ってない、でしょ?

 ……あ、でも。殺人鬼が集まって家族を形成するんだから、この先零崎に“なる”人もいますよね、きっと」


 私みたいにー、と“自殺志願”をかしゃかしゃ開き閉じしながら伊織は言った。

 その可能性もあんだよなー、と人識は面倒臭そうに答えた。


「折角ですし、その曲も弾きましょうよ」

「うん?」

「私は曲識お兄さんに会えずじまいでしたが、弔いくらいは。家族は大事です。

 それにこの曲かなり密着しますから、人識くんにボディータッチング!!」

「お前は間違い無く兄貴の妹だ!!変態!!」

「きゃは」


 人識の手の中の楽譜を取り上げ、義手の指を忙しなく動かす。


「暇だったんで練習してたんですよぅ。下段はばっちりです」

「……どこで」

「ホテルの地下バーにあるピアノです。開店が夕方からなので、それまで侵入して弾いてました」

「捕まるわ馬鹿」

「もー、駄目駄目の駄目ですよ人識くん。駄目識くんになっちゃいますよ。

 殺人鬼が常識の枠に閉じこもってたら死にますよ? 人識くんもそのうち没個性のつまらない人になります」

「……それでいいよもう。

 で。じゃあ何? 俺に上段弾けって事か。

 つか前にも言ったけど俺楽譜読めないからな」

「問題ないですよ。人識くんは器用ですから、私が弾いたのを見て聞いて、位置と音を覚えればイケます」


 真っ黒な親指をがっと突き立て、ばっちりウインク。


 ―――本当、俺の周りには勝手な奴らしか集まらねえ。


 人識はげんなりとしながらも頷き、立ち上がって部屋を出ようとする。


「何処行くんですか?」

「どこって練習。ここの地下バーだろ?」

「なんだかんだ言いながら行動力のある人識くんのそんなとこが伊織ちゃんは好きですよ」

「……そりゃあ、傑作な戯言だ」










 それから1ヶ月、二人は練習に励んだ。

 始めのうちは渋々だった人識さえ、弾けるようになってくると自ら練習に誘うくらいである。

 伊織は伊織で、ピアノを弾くことによって普段押さえつけている殺人衝動を外に逃がすようだった。

 一人用の楽譜として納められていた、血飛沫のような音の飛び跳ねが見事に功を奏していた。


「中々にいい感じになっちゃいましたよぅ、人識くん」

「自分でもびっくりだ」

「じゃあ、弾きに行きましょうか」

「どこに」

「ぴあのばー、くらっしゅ・くらしっく」

「……だからせめてカタカナらしい発音してくれよ、伊織ちゃん。

 ……つか、今更そこ行くのか」

「日本に蜻蛉返りですけど、大事です。

 曲識お兄さんが自分のピアノを他人に触れられたくない潔癖症さんならしょうがないですが」

「どうだったかな……。いや、でも自分の楽器で殺したりするわけだし、大丈夫、だろ、多分」


 ぽーん、と鍵盤を叩き人識が立ち上がった。


「行くか?」

「ええ」

「……もしかしたら、一人、先客がいるかもなぁ」










「おや、少年くんがまたここに来るとは思いもしませんでしたよ。

 おや、こちらのお嬢さんがあなたの恋人ですか? うむ、実にいい。義手に良く馴染んでいる」

「……やーっぱいやがったか、罪口積雪さん」

「曲識くんが亡くなりましたから、取り敢えず今は私が管理していまして」

「人識くん私人識くんの恋人になったんですか!?」

「ちょっと黙ってろ」

「どうですか腕の使い心地」

「あ、はい、とっても」


 それなら良かったです、と積雪が僅かに口角を上げた。伊織がエエモチロンーと困ったように棒読みする。

 ……微妙に会話が噛み合っていない。


「それで少年くん、君は一体何をしに来たのです。依頼なら承りますよ」

「いや、ここに用事があってな。ピアノ、弾かせて貰っていい?」

「ええ構いません。何をなさるおつもりで?」

「にーちゃんに、仲介料を払いにきたのさ。すっかり遅くなっちまったけど、な」

「仲介料」

「ああ。にーちゃん作曲『ぎっこんばったん』、多分、唯一の連弾用の曲だ」


 グランドピアノの蓋を開けながら答えると、積雪が僅かに目を見開いた。


「なるほど。それは興味深い、私もお聞きしてよろしいですか?」

「むしろあんたに立ち会って貰うつもりだったんだ。あんた以上ににーちゃんと親しい奴はいないだろ」


 伊織を手招きして、人識は椅子をもう一つ脇に並べる。手触りを確認するようにぽーん、と幾つか音を跳ねさせた。


「いい音ですねぇ」

「こりゃ傑作。んじゃ、弾くか。

 ……おっと、曲識のにーちゃん風に言うなら“作曲零崎曲識、作品NO.200 『ぎっこんばったん』”か」


 パチパチ、と積雪の形ばかりの拍手を受けながら、二人は鍵盤に手を乗せた。


 深呼吸。

 アイコンタクト。


 すうっと、息を吸って。


「……!」


 始まったのは、ぴったりと息のあった演奏だった。積雪が息を呑む。

 ぎっこん、ばったん、と高音域と低音域を行ったり来たり。目にも留まらぬ指の動きは正に、見えたり見えなかったり。

 “seesaw”の名前、そのものの演奏だった。


「……弾ききったぁ」

「どーにかなりましたねぇ、人識くん」

「おおー。偏に楽譜分析諸々頑張ってくれた伊織ちゃんのお陰だな」

「人識くんが手放しにほめちぎるなんて……!!」

「俺はあんたにどう評価されてんだ」

「きゃはっ」

「……いや、見事なものでした」


 今度ばかりは、誠実な拍手だった。積雪は惜しみない拍手を手向け、懐かしそうに目を細める。


「最後に曲識くんに会ったときに」

「うん?」

「自分が生きて戻ってきたら私に楽器を作ってくれ、と彼は私に頼んだのですよ。

 代価は彼との変わらぬ友情でした」

「……俺ん時もそんくらい優しい代償にして欲しかったな」

「彼はもういませんが」


 積雪は鉄製トランクをごろごろと引き、人識の眼前で開けた。

 中には幾つもの楽器のデッサンが入っている。


「彼を偲ぶのにこれらを作成するに足る演奏を聞けましたよ、少年くん」

「……そりゃ、重畳」


 今度こそ表情を明るくして、積雪はデッサンをしまった。伊織に向き直り、義手を眺める。


「制作者の私も驚きましたよ。もうこの手をこんなに使いこなしているとは」

「あ、どうもです」

「少年くんからは恋人、曲識くんからは少年くんのバンドメンバーとお聞きしましたが。実際のところはどうなんでしょうねぇ。
 
 ……いえ、職業柄、顧客の個人情報は詮索しないことにしていますから。余計な話ですね」

「……はぁ」

「大切にして下さいね、その腕」


 積雪が腰を上げる。

 伊織はほっと溜息をつき、人識の隣に戻った。


「そんじゃ、用事も済んだし帰るか伊織ちゃん」

「そーですね」

「それでは私は早速、楽器を作ることに致しましょう。少年くん、少女さん、また」


 二人が出口へ向かい、積雪が見送る。

 それはとても不思議な図で、曲識が遺した不思議な縁のようにも思えた。










「さて、俺的にはもうアメリカに戻ってもいいんだけど。伊織ちゃんどっか行きたいとこあるか?」

「うーん、そうですねぇ。

 ……あ、散々放置しちゃったんですけど、家族と双識お兄さんのお墓参りには行きたいです」

「そりゃ傑作な答えだな。いいぜ付き合ってやんよ」

「それから、人識くんの鏡さんに今度こそお会いしてみたいところですね」

「……それは、止めとくことを勧める」

「えぇー」

「不満駄々漏れだ馬鹿」


 二人の殺人鬼が、そんな話をしながら人混みを歩いていた。端から見たらまさしく、年若いカップルに見えたに違いない。

 無論実際は、ただ二人きりの家族であり、兄と妹であり、他人同士である。


「……かはは、でもまぁ、曲識にーちゃん的に、悪くない、かな」

「何のことです?」

「いんや」


 ―――結局、いーたんがどうなったか気になるっちゃそうだしな。

    ったく、本当。“悪くない”だ。


「暫く、こっちにいんのも傑作だって話だよ」

「毎度毎度、人識くんの言葉は理解不能ですよぅ」


 でもいいです、と伊織が楽しそうに笑った。そりゃ重畳、と少しばかり人識が口角を吊り上げる。


「ではでは、努めて平和的な零崎を、始めましょう」

「零崎を、始めっか」


 伊織がプリーツスカートの中の“自殺志願”に触れながら。

 人識が二人用に手直しされた『ぎっこんばったん』の楽譜を持ち直しながら。



 そう、言った。












▼弔いと再始動
 

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