no title 2

□reveusement・canto
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reveusement・canto

※「零崎曲識の人間人間」“ラストフルラストの本懐”補完。




 “少女趣味”にして“菜食主義”、零崎曲識の人生の分岐点は、結局一人の赤い少女―――…後の人類最強、哀川潤に他ならなかった。

 彼の“鍵”であり生涯ただ一度の恋の相手。

 残念ながら彼女は《零崎》そのもの、ひいては殺し名呪い名問わず嫌っていたので、叶うべくもない淡い淡い恋心ではあったが。……あった、と彼は思っていたが。





「あたしは生涯お前の事忘れねぇよ、零崎曲識」


 薄れゆく意識の中必死に“少女趣味”を振り、精一杯で最高で最強な歌を紡ぐ曲識に、哀川潤は聖母のような微笑みを浮かべてそう言った。

 全身に致命傷を負った彼をその胸に抱いて、彼女は誰よりも慈悲深い眼差しで彼を見つめている。

 生涯最期の“演奏”を、しかも彼女の為の歌を、曲識がやめることなど出来るはずもなく、歌いながら少しだけ笑みを浮かべた。


「ああ、久しぶりに聞いたよ。お前の歌はやっぱり最高だ、大好きだ。

 お前が零崎じゃなかったら、常にあたしの側で歌っていて欲しかったくらい、大好きだ」


 ―――それは悪くないな。

 ―――悪くない、けど


「まぁ、お前が零崎だったから巡り会えたんだけどな」


 曲識の心を読み取るように彼女はそう言って、けらけら笑った。

 歌は終盤に差し掛かっていた。彼の最期が、終止符の真後ろにあるのを、二人は知っていた。

 彼を抱く彼女の手が、ほんの少しだけ震えている。


「ごめんな零崎曲識。10年前あたしは確かにお前がいたから生き返ったのに。あたしはお前を助けらんない。

 お前の温もりが腕の中で揺らぐのが、怖いと思うあたしがいる。

 でも、そんでも、あたしは、こんなに弱い人類最強なんてだせーにも程があるけど。

 お前の最期の瞬間まで、此処でお前を見てるから」


 彼女の言葉に、一際大きな歌声で彼は答えた。

 頭の中の楽譜は、残り半ページに差し掛かろうとしている。

 レーヴ、ルーエ、リュールング、次々と移り変わる旋律が、彼女への身の丈を象徴した。


「お前さぁ、死んだらすぐに生まれ変われよ」


 彼女が唐突に言った。首を傾げた曲識に、ばーか、と溜め息混じりに呟く。


「生まれ変わって、《零崎》じゃないお前の、もっともっと沢山の音を、心を、あたしに寄越せ」

「!!」


 駄々をこねる子供のような理屈だった。

 だが、彼にはそれだけで十分だった。


 歌は、後僅かに16小節。


「お前が、あたしの為だけに歌ってくれたこと、すげー嬉しいよ」


 あの時も、今も、と彼女は照れくさそうに付け足した。


 レヴェ・ドゥースマンの歌声はあと10小節ばかり。


「あたしは」


 8小節。彼がその手の“少女趣味”を取り落とす。


「あんたのその音を」


 6小節。震える手を彼女に伸ばした。


「初めて会ったその日から」


 4小節。彼女がその手を取り己の指を絡めて。


「ずっとずっと」


 2小節。二人の心はもう、すぐ隣にあった。


「恋い焦がれてた」


 最初にして最期の口付けは、酷く苦くて鉄の味がした。

 少しずつ、少しずつ、彼の脈拍が弱まるのが、わかった。


「餞別、代わりさ」

「―――…悪く、ない」

「ほら、また中途半端言いやがって」

「……いい」

「なら良し」


 彼の視界が霞んで、朧気に彼女の赤だけが浮かぶ。


「あたしは哀川潤、人類最強だ」

「ああ……わかってた、よ」


 ―――僕にとっては、名前が無かった頃のお前すら、最強だったから


 彼の表情が、酷く穏やかで幸せそうな笑みに変わった。

 彼女が強く手を握った。彼の身体が弛緩していく。


「最期に、お前がいてくれて良かった。

 ……さよなら、愛してる、………潤」


 その言葉が、零崎曲識の最期だった。

 すうっと瞳が細まって、笑顔のまま、心肺を呼吸を生命活動を、その全てを停止させた。


「………格好、つけすぎなんだよ、大馬鹿野郎が」


 呟いて彼女は滑り落ちていく手を固く、結び直した。

 消え行く体温のその全てを自分の中に取り込もうとするように、彼女は胸にしっかりと彼を抱いた。


「ああ……、覚えてやるよ憶えててやんよ零崎曲識。お前なんざ生涯あたしの頭ん中残留逗留遺留留寓留取留滞決定だ。

 お前の歌も音も心も全部あたしん中に留め置いてやらぁ」


 心は酷く痛かった。

 必死に押さえつけた一粒が零れ落ちて、彼の頬を伝う。


「零崎曲識。お前、最高だよ」


 彼の取り落とした“マラカス”を拾い上げて、片方を彼の手に握らせ、もう片方を彼女は自分の手に取った。

 試しに一度振ってみると、じゃらん、と澄んだ音がした。

 しかしその音に眉を寄せ、彼を見つめ、駄目だこりゃ、と彼女はひとりごちる。


「お前の音色にゃちっとも適わねぇな」


 あーあ、

 と本当に残念そうに彼女は長息を吐く。


「片っぽ、あたしが貰っとくな。生まれ変わったらちゃんとあたしに会いに来い、返してやるから」


 願掛けのように、彼女は三度ほどマラカスを振った。


 じゃらん、じゃらん、じゃらん


 かつて零崎曲識がそのマラカスに“少女趣味”と名付けたことなど、彼女には知る余地もない。零崎曲識が“少女だけを殺す”殺人鬼であった意味も、彼女は知らない。


 それでよかった。

 哀川潤は、零崎曲識は、“そういう”関係性だった。


 お互いの存在を知り。

 一時でもお互いを信頼し。

 一度足りとてお互いを忘れず。

 そして、


 誰よりも二人は二人だった。


「歌、ありがとうな」


 短い感謝の言葉に一体どれほどの意味が含まれていたのか。

 それは彼女さえ知ることはなく。

 うん、と彼の身体から手を離し伸びをした所で、彼女はいつも通りの人類最強になった。


「そんじゃまぁ、あたしもやることやんねーとなぁ」


 彼の身体を抱き起こし、よいせっ、と背中に担ぎ上げる。



 じゃらん、






 彼の手の中の“少女趣味”が僅かに音を立てた。












▼Hardiの明日
















タイトルの“reveusement・canto”は音楽用語で“夢見るような・歌”です。二つ別物なので造語に近いかな?
曲識さんならそういう歌をお茶の子さいさいに歌ってくれそうだと思ったので。
作中の音楽用語も解説。
reve:レーヴ→夢
Ruhe:ルーエ→平穏
Ruhrung:リュールング→感動
revez doucement:レヴェ・ドゥースマン→甘く夢見て
hardi:アルディ→力強い
こんなものかな……?
“人間人間”のエンディングが好き過ぎました。曲潤増えるといいなぁ。

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