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□いつかまた出逢えたら
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いつかまた出逢えたら


 何の根拠もなく次に紫苑に会うとしたら四年後かな、なんて思ってた。

 初めて出逢ってから再会するまでの期間四年にあやかって。

 あの日みたく窓を潜り抜けて唐突に。

 そう、思ってた、のに。


「……紫苑、これはなんだよ」


 入り込んだ紫苑の部屋は掃除こそしてあるものの生活感は皆無。

 極めつけに、紫苑の写真の前には線香が、まだ真新しいまま。


「なぁ、紫苑……?」


 写真中の紫苑は俺が知るより少し大人っぽい。いくらか襟足が伸びて、白髪の艶やかさが増している。

 よく辺りを見渡すと、その棚の上は写真だらけだった。

 幼い頃の俺の知らない紫苑、いつだったか話していたロストタウン移住記念写真、極めつけは、火藍が俺が去る前に撮ったツーショット。


「紫苑」


 嘘だ。

 線香の煙が揺らめく。何もかもを否定したかった。


「……あら………、ネズミ?」


 物音がして振り返る。

 火藍が、ツキヨを肩に扉を開けていた。





 一年前よ、突然だったわ。

 あなたも知ってると思うけど、あの子は都市の中枢に立つ者になってたの。

 紫苑は誰にでも平等な優しい世界を、文字通り作ろうとしていたわ。

 あなたと、沙布と、沢山の人々がそれを望んだように。

 ……優しすぎたの。

 旧都市派の……治安局の上の方にいた人なんだけどね、いきなり、いきなりよ。

 紫苑が矯正施設跡の公園に、イヌカシとシオンに会いに行った日。

 プライベートだから、警護も何も無かったわ。

 油断していたの、市民はみんな紫苑を慕ってると思ってた。


「撃たれた」

「……え?」

「目の前よ、そうよ目の前だったわ。いきなり紫苑が傾いで倒れたのよ。

 胸の辺りが真っ赤だったわ。急いで病院に運んだけど間に合わなかったの。

 ようやくまた幸せを掴んでたはずなのに!!あなたに胸を張って会えるようにって、一生懸命だったのに!!

 誰も紫苑を助けてくれなかった、誰も」

「……犯人は」

「イヌカシが」

「そう、か」

「よっぽど殺してやろうかと思った。憎んで憎んで、紫苑があそこに行く原因を作ったイヌカシとシオンに当たり散らして……。
 
 でも、それは違うって、気付いたから」

「……ああ」



 火藍の背をそっと叩いて、落ち着かせる。

 自分を呪った。


 どうして俺は、その時紫苑の傍にいなかったんだ。


 だけど、そんな後悔は何の役にも立たないし、起こった事実は戻らない。

 嗚咽を漏らす火藍に温かなココアを作る。

 初めて紫苑と出逢った日、一杯のココアがどれだけ心に染み入ったか覚えているから。


「……美味しい」

「なら、良かった」











「久しぶりだなぁ、ネズミ。

 ……この馬鹿、お前さんは一体何してたんだよ、遅いんだよ、全然間に合って無いじゃないか。

 かっこつけて大事なもん守り損ねて、今更、今更……っ!!」

「……悪い」

「……ばっかやろ……、相変わらず性格わりぃ…。

 そんなだから、俺はお前さんに勝てないんだ馬鹿ネズミ」

「そうだな……」


 力無く拳を振り上げたイヌカシは、その表情を歪めてゆっくりと拳を下ろした。

 シオンが心配そうにイヌカシの手を握る。

 心配ないよ、と呟く声は優しさを内包していた。


「すまないネズミ、取り乱した」

「いや、いい」


 ああ変わったな、と思う。

 母親の顔だ。心の強さを手に入れた顔だ。

 シオンの頭を撫で、イヌカシはきりりとした表情に顔を切り替えた。


「紫苑の墓、案内してやるよ

 まさか墓参り位するよな……?」

「ああ」

「お前さんにも思うところがあるだろうし、俺は場所を教えるだけだ。後は勝手にしてくれ」

「感謝する、イヌカシ」

「やめろよネズミ。お前さんがしおらしいなんて気持ち悪くてしょうがない。さぶいぼが出る」

「相変わらず減らず口ばっかだな」

「うるせー」












 イヌカシに教えて貰って行った墓は、他の墓よりも数倍大きかった。

 黒い石が立ち並ぶ墓の中で乳白色のその石は異彩を放っている。

 極めつけのように、赤く蛇行したラインが刻まれて、紫苑が、そこに立ち尽くしているように見えた。


 都市の英雄、ここに眠る


 一言刻まれた墓石に思わず吹き出した。

 そんなつもり、紫苑にはこれっぽっちも無かったろうに。


「紫苑、誓い、守れなくてごめん」


 墓石に水を掛け、花を生ける。

 線香をあげ手を合わせる事には躊躇いを感じて、墓石をそっと撫でた。


 それでやっと、涙が伝った。


「再会するって、誓ったのにな」


 間に合わなかった。

 あんたが何より俺の大事なモノだったのに、どうでもいいふりをして放り投げた。


 あんたに触れたかったんだ。

 あんたに会いたかったんだ。

 あんたに伝えたい事があったんだ。


 でももう遅い。


「ごめん紫苑、ごめん」


 謝ったって、この声は紫苑に届かない。

 悔やんだって、何の意味も持たない。


 もし、もしも、だ。

 あんたにもう一度出会えるチャンスがあるなら、真っ先に伝えたい。

 つまらない意地を張った罰はもう十分に受けたから。

 カミサマがいるならやり直させて欲しい。


「お願いだ、エリウリアス」


 今、この命が果ててもいいから。


「……紫苑」



















 気付いたら学生服を着ていた。

 記憶が混乱している。

 教室は空っぽで、日は沈みかけていた。


「えーと……?」


 懸命に記憶を掘り起こす。

 二つの記憶が一気になだれ込んだ。


 平和なこの世界で、幼い頃から紫苑と過ごしてきた自分。

 破壊と創造の中で、大切だった事を手放して後悔した自分。


「ああ、そうだ」


 この為に、俺は願ったんだ。

 伝えたかったことを言うための、やり直すための時間を。


「ごめんネズミ、すっかり遅くなって。

 待たせたよな、ごめん」

「……紫苑」


 生徒会活動を終えた紫苑が教室に駆けてきた。


「いや、俺も部活終わったばっかだし、お互い様だろ。

 ……なぁ、紫苑。変なこと聞いて良いか。あーいや、血迷ったこと…っていうか」

「……いいけど、どうしたのネズミ。なんか、いつもと違う……?」


 とすんと荷物を机の上に置いた紫苑は俺の机の前の席に座り、俺に向き直った。

 不思議そうに傾げた首に、帯状痕は無い。

 当たり前だった。


「紫苑は、今じゃない昔の記憶ってあるか?」


 息を呑む音がした。

 紫苑の目が見開かれて、それから潤んだ。


「……ある」

「思い出したんだ。あんたに、伝えたいことがあった、あの時のこと」

「あの時?」

「あんたの、墓を見舞ったときだよ。

 ……あんたが死んだ、一年後だった。俺は、間に合わなかった。あんたに誓ったことを、守れなかった」


 唇を噛む。

 紫苑は考え考え首を振った。


「気にしてない」

「俺は気にしてた。だから、願ったのさ、エリウリアスに」

「何を」

「あんたに伝えるための時間を。

 気前が良かったんだな、エリウリアスは。まさか人生をやり直させて貰えるとは」

「彼女は信仰が深い者に慈悲深いから」


 そこで漸く紫苑はくすりと笑った。


「君が、誰かに願うなんてね」

「必死だったんだよ。柄じゃないのは百も承知さ」

「それで?」

「ん」

「僕に伝えたかった事って、何?」


 俺は紫苑の瞳を覗き込んだ。

 深い、焦げ茶色。静かにたゆたう感情が見えた。


「突き詰めると、結局あんたと同じなんだよな」

「それって……?」


 腕を引いて、紫苑の顔を引き寄せた。

 口付け。

 紫苑と別れたあの日したような、情熱を孕んだキス。


「愛してる」

「……うん」

「ずっとあんたに伝えたかったんだ。

 紫苑、あんたはずっと、そう、あんたが俺をあの窓から受け入れたあの時から、俺の唯一の寄り辺だった。

 あんたは俺の、光そのものだった」

「ネズミ、」

「今更、って言われたらそれまでなんだ。

 でも、もしもあんたが赦してくれるなら、これから先もあんたの隣にいさせてくれないか」

「……君は、僕がどれだけ君のことを待っていたか知らないからそんな事が言えるんだよ」

「ごめん」

「赦すも何も無いから、傍にいてくれ」

「……ああ」


 紫苑がはにかんだ。

 つられて笑う。


「これからも、よろしく」

「此方こそ宜しくお願い申し上げます、陛下」












▼歩き出す日
















年賀企画で書かせていただきました。
リク主には元旦にお送りしています。
ありがとうございました。

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