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□邯鄲の夢
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邯鄲の夢
栄枯盛衰。
少年が彼と過ごした数ヶ月は余りに濃密で、手放しがたい物だった。
どちらが先に未来を請うか。
それはたった二人の極小コミュニティーで、口に出してはいけない禁忌であり、そして、少年と彼が心の奥底に秘めていた思いであった。
『君が傍にさえいてくれれば、僕は何だって出来るのに』
結局請うたのは、少年のほうだった。
『君がいれば、僕は何も要らないから』
その瞬間、少年と彼の間には決定的な破滅が見えた。
少年は彼を求めるし、彼は少年を拒絶する理由がない。しかし、彼は少年の唇を塞ぐと、そんな心持ちを封じるように囁くのだった。
―――再会を必ず、紫苑。
「俺が思うに、紫苑は俺を必要としたわけじゃあなかった。
実際、俺がいないところであいつは十分にやっていけてるし、仮に俺がいたとしたら、紫苑は潰れていた。お互いを必要とするってのは、同時に相手がいないと堕落するようなって行くから。
俺がいなくなって、紫苑はどうだ? 相変わらず天然なんだろうけど、昔より使えるやつになったんだろ?
なら、俺があいつの傍から居なくなったのは正解だった」
「わっかんねぇな。
お前さん、自分の知る紫苑とは違う紫苑を見たくないだけなんじゃないのかよ。
言っとくけどな。
紫苑は何も変わっちゃいないよ。相変わらず天然坊やだし弱っちいし、なんだっけ、よく窓を開けっぱなしにして寝てるって火藍が言ってた。
俺のシオンには甘いし、子供には好かれるし、何も、」
「煩い」
「ネズミ!!」
聞く耳持たずのネズミをイヌカシは睨み付ける。
まだ4つになったばかりのシオンがイヌカシの腕にひしとしがみ付いた。
「お前さん、話だけ聞いてまた紫苑には逢わずに出て行くつもりかよ」
「悪いか」
「ああ悪いさ。お前さんは紫苑の事見てないから平気でいられるんだ。
確かに紫苑は以前と何も変わりやしないさ。愚鈍で天然でそのくせ大事な局面では一歩も引けを取らない、昔のままの紫苑さ。
でもなぁ、そんなの、見かけだけなんだよ!」
「……」
「あいつ、明日でお前さんがいなくなって四回目の誕生日を迎えるんだよ。
今まで三年間、俺だって色々あいつのこと気にかけてきたさ。
恥偲んでス、スカート履いてみたりとか、女らしくして見せたりあいつが俺に望むことはした。それくらいしか俺があいつに出来ることはなかったから!!
紫苑が待ってるのはお前さんだよ、ネズミ。
お前さんの言った言葉信じて素直に待ってる。
お前さんが、どんな思いでその言葉を吐き出したかなんて俺の知るところじゃないけどな、」
イヌカシはぐい、とネズミの胸倉を掴んだ。
ネズミの瞳はどこか暗い色合いを含んだ物に変化していたが、イヌカシはかまわず続ける。
「俺は忘れてねぇぞ。お前さんは俺に歌を歌うといった、約束を破りはしないといった。
同じことだろうが。
紫苑にもう一度会うって約束したんだろ? 守れよ、馬鹿!!」
乱暴に掴んだ手を離し、イヌカシは腕にしがみ付いたままのシオンの頭をくしゃりと撫でる。
女神さながらの、優しい微笑とともに。
「帰ろうな、シオン。こんな馬鹿、相手にするのもアホらしい」
「うん、かえるの、まま」
「今日の夕飯は火藍の特性シチューだっつってたぜー。楽しみだな」
「からんのしちゅー、すき」
そのままシオンを抱き上げると、イヌカシはネズミを一度だけ振り返り、笑った。
嘲笑にも似た笑顔だった。
「紫苑なら、多分お前さんの住処にいると思うぜ、毎年そうだから」