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□月が綺麗ですね
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月が綺麗ですね



 その日は穏やかという言葉がそのまま具現化したような柔らかな日で、時計の針の音が心地良く耳に響いた。

 偶には悪くないと、そう感じるのは紫苑にとっくに懐柔されてしまったからなのかも知れない。

 ……なんというか。我ながら馬鹿だとは思っているし、解ってる。

 他者を唯一にする事が、お婆の教えにどれだけ反することか。他者と繋がるどころか、失うのが怖いだなんて。



 ベッドの上をごろんと寝返りを打つ。
 

「あだっ!?」

「あ、悪い、紫苑」


 うつ伏せになりながら本を読んでいた紫苑を蹴り飛ばしてしまった。

 紫苑は読みかけの本を閉じて俺に向き直る。何となく罪悪感で、視線を逸らした。


「疲れているんじゃないか。君が不用意に僕にぶつかるなんて、珍しい。もしかして、寝てたのか? それならわかるけど」

「別に、考え事。あんたと違って俺は忙しいんだ、考えなければいけないことが沢山ある。

 明日の食い扶持、仕事の給金をいかに分捕るか、NO.6の壊し方、後は……」


 ……あんたのこととかな、紫苑。


 とは流石に言いかねて、口を噤む。

 かちり、と長針が11時を差した。


「もう遅い。陛下も私も就寝の御時間にする事に致しましょう」

「ネズミ」

「なに?」

「君が何かを抱えているなら、それが僕にも抱えられることなら、僕にもその重荷を分けて欲しい。

 僕自身がは君の荷物になっているのも知っているけど、それでも、君の助けになりたいと願ったら、そう願うことは、傲慢か?」


 真摯な目が俺を貫く。


 ああ、この目だ。この目が俺をいつも駆り立てる。

 いつだったか、あんたは俺の瞳を好きだと言ったな。同じだよ、紫苑。

 俺もあんたの瞳に、そうだな、あんたの言葉を借りるなら、惹かれているんだ。

 悔しいけれど事実である以上、しょうがない。


「…傲慢ね。そうかも知れないな。あんたは壁の内側の人間だったから、俺の助けになろうなんて、昔の俺なら、怒ったかも」

「今は」


 今は、どうだろう。


 真摯な瞳。綺麗事を本気で口にするその強さ。
 
 きっとあんたを失ったら俺は変質する。

 あんたがあの日教えてくれたのは、人の温かさなんかじゃなくて、一人の孤独だよ、紫苑。

 あんたが傍にいなかった4年間は、想像以上にあんたとのたった一日の思い出に支えられた。

 何を切り捨てても、あんたとの思い出だけは捨てられなかった。


 そして今あんたが此処にいる。俺の前に立ち、俺に触れる。

 再会した頃、酷く苛立った。

 汚れた自分と違って何一つ変わらず綺麗なままの、無知で無垢な紫苑が眩しくて。

 それが日を追うごとに守りたい対象に変化して。


 つまり、それは、


「……陛下、今日は月が綺麗ですね」

「…え、今日は新月だよ、ネズミ」

「言ってみただけだよ。あんたが知らないならそれでいい」

「一体何のことで、」

「……日本文学」

「は、」

「偶には読んだら?」


 教えてなんかやらない。

 気付いてしまったこの胸の鼓動などは。











▼月明かりはまだ見えず

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