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□そんな未来があったって
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そんな未来があったって
※if話。超捏造
「人識、朝、飯っ、食いっぱぐれていいならまだ寝てていいぜ?」
「起きるっ、から、いちいち上に乗りかかるな変態……!!」
「えー、かんわいーーぃ愛しの奥さんが可愛らしい夫を起こしに来てやったんだぜーぇ?
感謝こそあれど、起こられる筋合いは見当たんないなーぁ」
「まず俺とお前は結婚なんかしてないし第一まだ高校入学したばっかりだしお前は一人暮らし始めた俺んちに勝手に居候しやがっただけだろうが!」
「だぁからせめてものお詫びに飯だっつったろ。僕にだって多少の感謝の念くらいあるっつーの、ぎゃははっ」
「……飯ってマジな話だったわけか」
出夢の指には絆創膏があった。《一食い》を打つその腕の先がそんなに華奢だとは思いもしなかったから、少し動揺する。
巻きついて朝からいちゃつこうと目論む出夢を振りほどき、ベッドから降りた。
なんてったって通常授業は今日からなのだ。流石に出夢に付き合って初っ端から遅刻するわけには行かない。
「いーなぁ人識は学校なんて行けちゃってーぇ」
「お前も進学すりゃよかっただろ」
「無理無理、妹ならともかく、あぁんな僕の獲物ばっかり犇いている所行ったら、速攻即刻殺戮中毒発症だぜ」
「……お前よっぽど俺より零崎だよな」
「籍入れるか?!」
「入れられるかっ!!」
「18になったら入れてくれんのその言い方なら!!」
「揚げ足取るなっ!!」
そう広くない2LDKの賃貸アパート。
台所のすぐ脇に置かれたちゃぶ台には、白飯とこげて真っ黒な玉子焼き、味噌を溶かしすぎたように茶色い味噌汁。
さっと制服に着替えて、一瞬顔を歪ませてどうにか元に戻して、食事に手を合わせる。
それなりに緊張しているのか様子を伺ってくる出夢に、俺は意を決してまずは玉子焼きに手を伸ばした。
「……」
「どうだよ?」
「……焦げてなかったら俺好み?」
真っ黒黒な外見に恐れをなしていたけれど、どうにか中は無事だったらしく、外側苦さに顔をしかめたものの、中の甘めに仕上げた卵は俺好み。
偽り無くそう伝えると、出夢はほっとしたように少しだけ笑った。
「よっしゃ、じゃあこれから僕は人識の卵係になろう!!」
「なんか発言が不穏だやめろ!!」
……次の瞬間台無し。
「えーと、で、出夢さんや」
「なんだいとっしー」
「……これいくらなんでも味噌溶き過ぎてる気がする」
「え、味噌汁の味噌って、あのパック全部溶かすんじゃないの?」
「塩分量多すぎ死ぬわ馬鹿野郎!!」
流石にチャレンジ精神をへし折られそうな色合いの味噌汁についてはお湯で希釈。
出夢味噌汁1:お湯5、位にまで薄めた。……うん、これならなんとか。
通学に乗るバスの時間まであと20分くらいあった。
なんだかんだ言っても、他人が食事を準備していてくれるというのは時間短縮にありがたい。
ぼおっとめ●ましテレビを聞きながら揃え忘れていた時間割をそろえる。
星座占いに見入って、最下位にしょぼんとした出夢が、不意にふりかえって問いかけた。
「人識は、なんで進学しようとか思ったわけ? って今更しかも僕が聞くことでもないんだけどさ。
人識は、僕ら側じゃないか。殺し殺され喰う喰われる側の、普通とかけ離れた世界の人間じゃん。
なのにさ、なんでこんなところで一人暮らし始めてまで僕らと関わりを断絶したんだよ」
最もな質問だった。
正直、間違っても出夢の口から出ることは無いだろうと思っていた質問だった。
「俺は、なるべくなら零崎人識じゃなくて『汀目俊希』として真っ当に生きたいだけだよ。
お前らの側にいたんじゃ「どうにもならねぇことは壊してしまえ」で「どーにもしないからどーにもならない」けど、俺は「何かをどーにかしたい」んだ。
だから、「どーにか」できるまでは、普通に生きてみようと思ったんだよ」
「……へぇ」
出夢は分かったような分からないような、そんな返事をして、それ以上は何も言わずテレビに目を向けなおした。
「そろそろ、行ってくるな」
「おー、……んじゃ僕もそろそろ出勤ーっと………あ、人識」
その背中に声をかけると、出夢はんーっと背伸びをして立ち上がる。
部屋の片隅に置いてある拘束衣にちらりと目をやり、意地悪そうに笑った。
殺戮奇術匂宮雑技団、次期エース、匂宮出夢も、「仕事」の時間だった。
「なんだよ、出夢」
「いってらっしゃいのちゅう」
「……お前さぁ」
「イッエーッス!! 今日の出夢ちゃんも絶好調に殺戮奇術発動しちゃうんだぜっ、なお呪い!
ついでに人識に幸多かれっ! 具体的にはいきなりの抜き打ちテストで余裕綽々高得点!」
「お前学校言ったこと無いくせにやたらリアルな話持ちかけるな!!」
……実際ありえそうで怖い。
バス停までは徒歩二分。バスが来るまで後五分。
ここで押し問答をしてる時間は、ぶっちゃけ無い。
「わーかった。……行ってきます」
「行ってらっしゃい、人識」
軽く触れた唇の柔らかさに、不本意ながらほっとする自分がいた。
「……たく、傑作だぜ」
「早く帰って来いよ! 玉子焼き山ほど作っとくぜ!!」
「仕事しろや!!」
いい加減時間が無くてドアを閉めてバス停に走った。
「……でもまあ、こんな生活も悪くは無いんだけどな。傑作、とは行かないにしろ、うん、まあ……いいかな」
今日も日常サイクルが始まる。
▼優しい「もしも」に包まれた