no title 2

□ラブアトミック・トランスファー
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ラブアトミック・トランスファー


「禊ちゃんはいつも言葉も態度もはぐらかすから、私は結局何もいえなくなっちゃうんだよね」

「『……』『何の話?』」

「ほら、また、解ってるくせに」


 そう言って喜界島さんは僕から視線を逸らした。

 怒らせてしまったのか、と思う。正直、全く身に覚えが無いんだけど。

 ぷす、と頬を膨らませる彼女を僕は至極普通に可愛らしいと評して、どうにかして機嫌を直してもらえないか画策。


「『喜界島さん』」

「知らないーっ」


 ……取り付く島が見当たらない。

 そもそも、いきなりそんな風に臍を曲げられたって、僕には対処の仕様が無いのが事実なんだけど。

 人間関係に対しての経験値、低いんだから。


「『こっち、向いてよ』『喜界島さん』

『僕の顔』『そんなにブサイクかな』」

「そーじゃないよっ!」


 ますます、視線を逸らすどころかくるりと背を向けてしまった彼女。

 ああ、僕は一体何をしたっけ。


「『あ、ほらほら』『喜界島さん、仕事溜まってるよ』」

「あとでやるからお構いなく」

「『この資料』『僕が判子押しちゃっていいと思う?』」

「知りません」


 ……返事を返してくれるだけ、まだマシなのかな。


 思えば彼女とは和解してからそれなりに密度の濃い付き合いをしてきたんじゃないかと思わなくも無い。

 彼女の為に「裸エプロン同盟」の設立を決めたのは嘘偽り無い本心だったし、彼女を悲しませたくなかった結果の「大嘘憑き」の再来だ。

 生徒会入りして当初、一番最初に彼女が僕に近づいてくれて、警戒心なんてかけらも無く接してくれて。それがとても嬉しかった。

 彼女が僕の中で比重を増していたことは事実で、僕の自惚れかも知れないけど、彼女にとってもそうだった、と思いたい。

 すごした時間は、長さじゃないと思うのだ。密度、質量。その点においては、正直大戦闘を繰り広げためだかちゃんの比じゃなく彼女に分が上がるだろう。

 まだ理解が足りてないのは重々承知で。

 一緒にいたら理解できる日がきっと来ると思いながら。


 僕の心は日々彼女の温かさに触れて懐柔されて変わっているはずなのに。


 ―――禊ちゃんはいつも言葉も態度もはぐらかすから、私は結局何もいえなくなっちゃうんだよね


 何の、話。

 彼女が僕に何を求めているのか解らないし、解ったらきっと今とは違う距離が出来るのだ。

 近いかもしれないし、遠くなるかもしれない。



「『僕は』『喜界島さんに』『嘘なんてついてないしはぐらかしてもいないつもり』『なんだけどな』」

「……じゃあ、しょうがないね」


 私はこんなに気づいちゃってるのに。こんなに答えたいのに。

 肝心の禊ちゃん自身が自覚してないんだね、ばーか。


 と、彼女は笑った。









「私と禊ちゃんの間にある感情って、きっと一言じゃ言い表せないものがぐるぐるしてるんだと思うんだ。

 あえて名前をつけるんだとしたら、私にはたった一つしか思いつかないんだけど、それを禊ちゃんは知覚しないし自覚しないから、よく分かんないの」

「はたから見てればわっかりやすいのになーお前ら。やっぱ過負荷か、球磨川はそう云うのに鈍感なんだろ」

「だよねぇ」


 しょうがねぇだろ、丁度いいからもっと溺れさせてやりゃいいじゃん、お前、水泳得意だろ?


 上手くも無いアドバイスを掛けて人吉は笑った。

 私はうなづき返して、机の上に溜まった決算報告に手を伸ばす。ぱちぱちと算盤を弾いた。


「禊ちゃんが気づくまで教えてあげないことにしたの。辛くて苦しくて泣きそうになった時、こういう気持ちがどんなに救いになるか、きっと禊ちゃんは自分で知るべきだから」

「……そーだな」

「人吉は黒神さん一筋だからこういう時相談しやすくていいよね」

「なっ」

「頼りにしてますよ? 非主人公」

「……おう」


 自分ではどうしようもなくて人吉に持ちかけた相談は、とても心が軽くなって。


「おんなじだぜ喜界島。俺はめだかちゃんを好きだと思うからこそ敵対した、からな。

 一度何もかも全部壊して、再構築するのも、多分悪くないんだと思う。ま、俺はまだ再構築の過程にいるんだけど」


 それで私と禊ちゃんが向き合えるなら、どんとこい。






「『過負荷が過負荷たる由縁は』『負以外の感情の乏しさにあるんだよ』

 『だから正の感情は僕には理解が難しいし』『正の感情ってへらへら笑ってられるものばかりじゃないから受け入れがたいのさ』

 『でも』『そうとばっかりも』『言ってられないんだよ、』『ね』」


 お待たせ、と呟き僕は水の中に波打たせていた手を引き抜いた。

 室内プール。日課320円で生徒会に水泳部から貸し出されているらしい彼女が、今日ばかりは自主練と言ってプールに引きこもっていた。

 僕自身がなんらかを自覚していないのだと諭されて丸一週間だった。


 簡単だった、簡単すぎてそれを形にしようとさえしていなかっただけ。ただそれだけの話だった。


 彼女の温かさに救われた自分の心と。

 彼女に無条件で手を貸したくなる気持ちと。

 彼女を悲しませたくないという想いと。


 統合したら―――なんて、簡単。


「過負荷なんて大仰に名乗らなくて、いいのに」

「『そうだね』『全く』『お恥ずかしい限りだぜ』」


 立ち上がり彼女の目の前に立った。


「『僕にとってはさ』『世界は酷く簡単で』『僕にとって負荷か敵か』『それだけだったんだよね』

 『そして』『それで十分だと思ってたんだ』

 『でも』『此処の学校は』『みんながそのどれにも当てはまらなくて』『その中でも喜界島さんは違ってて』

 『つまりね』」


 プールサイドに立ち尽くしたままの、水にぬれた彼女を抱きしめた。

 あわあわと、動揺する動きが伝わってきた。


「『僕は』『君が特別だって事』

 『愛してるぜ』『喜界島さんっ!!』」






▼一つだけ例外が存在してる 君の事だよ
 



 
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