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□白い陽だまり
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白い陽だまり



一ヶ月前、カムバック。



「バレンタインというのはあくまでお菓子会社がチョコレートを普及させる為に流行らせた単なる策略であるからして僕には関係ない事柄っていうかどうでもいいんだけどさ」

「………ごめんいーたん」

「僕にはまあ関係ないよね女の子が男の子にチョコレートを渡す日であって男が男にって訳じゃないのは周囲の事実当たり前のことだからね」

「………すいませんでした許してくださいなんなら今からでも買って来ますから」

「まぁ、零崎がそこまで言うなら、バレンタイン、祝ってやろうかな」

「お前マジ戯言にも程があるからな?!」

「君の言う傑作に程近いだろ」

「あーあー、はいはい、ったくお前には敵わねぇよ鏡」

「今更気づいたのか虚像」








「俺にあんだけチョコレート強要してきやがったんだから、まさかホワイトデイを忘れてるなんてことは無いよなぁ、いーたん」

「………」

「………え、図星?」

「そんなわけないだろ、流石にその辺は心得てるよ」

「あ、そう」


 零崎が胸を撫で下ろすのを見ながら、僕は荷物を隠す余地も無い四畳間の唯一の押入れから、ラッピングされた袋を一つ、取り出した。


「君は市販だけど、僕はちゃんと作った」

「……根に持ちやがって」

「持たないと思ってたのか? 僕は心が狭いんだぞ?」

「自慢にならないからな、それっ?!」

「まあそれはさておき。君は甘い物に目が無いからね、 砂糖の分量に気を使ったよ」

「じゃあ、甘めなのかっ?」

「いんや、寧ろ糖分控えめ」

「酷いっ!!」

「糖分取りすぎて太らないように適切な処置をしたんだ、感謝しろ」

「戯言だぁぁぁぁぁぁああっ!!」

「傑作に決まってるだろ」


 ……あ、決め台詞引っくり返った。


 と、まぁ戯言はさておき。袋を空ける。整然と並ぶメープルクッキーと、チョコレートマフィン。

 クッキーにはなんとなく、零崎の右頬の刺青と同じマークを描いてみた。の、だが。


「あ、うまい」

「君は本当に食べられればいいんだね」


 感傷に浸る間がコンマ単位ですら無く、ばりばりと零崎はクッキーを食していた。

 全く、こっちの苦労を思いやってくれない不親切設計な鏡だった。


「いーたん料理得意なんだな」

「一人暮らしだからね」

「あー、なるほど」

「と言うよりも、パーソナルな事はなるべく自分一人で出来るようにしておくべきだと思うんだよ、僕は」

「……耳が痛い」

「それは良かった」

「この野郎」


 料理得意なんだな、は、都合の良い頭が零崎なりの「美味しい」だと、脳内変換した。

 我ながらどうかしている。


 零崎はクッキーを数枚残して、その手をマフィンの一つに伸ばした。

 マフィンには特になんの仕掛けも施していない。


「欠陥」

「なんだい人間失格」

「これさあ、苛め?」

「え?」

「チョコレート、何%カカオ?」

「……僕が買ったのは65%だけど」

「苦いじゃん」

「え、普通だろ」

「やっぱキムチをどんぶりで食う奴は味覚がオカシイっ!!」

「なんで知ってんのっ?!」


 そんなことをしたのは後にも先にも巫女子ちゃんと地下食堂でお昼を食べた時、オンリー、の、はず。

 ……自信ないな僕の記憶力。


 それはざれおき。(さておきの戯言形)


 一応、零崎の糖分補給率を鑑みて決めたマフィンが、無駄になりそうだった。

 由々しき、というか、かなり、自分勝手。


「65くらいなら普通だろ、食べた事も無いくせに食わず嫌いはよくないよ、零崎」

「ハーフで無理だった俺なんだから65なんざいけるわけないだろ」

「その情報はもっと前に欲しかった」


 四畳間に寝転がり、零崎は深い溜息をつく。

 斑の髪が、差し込む光に反射して、真っ白く輝いた。


 僕もその横に転がる。


「苦いの、苦手だったんだ?」

「食えなくも無いけど、どうしてもって時以外は勘弁。どうしても、って、他に食うもんが無いときレベルだけど」

「そっか」


 二つ並べてあったマフィンの一つに手を伸ばす。


「じゃ、しょうがない、僕が食べるよ」

「悪い」

「本当にな」


 申し訳なさそうに、僕の口の中に吸い込まれていくマフィンを見つめる零崎の目。

 いつもの傍若無人が影を潜め、様子を伺う気弱さがたゆたっていた。


「味見、くらいはしない?」

「え、」


 最後の一欠けらを口に含んだまま、零崎にキスをした。

 んぁ、と鼻に抜けるような声が漏れるのを聞く。

 チョコレートの苦味と甘さが、キスを長引かせて、ついでに雰囲気をとろかせる。


「……どう?」

「……ばっかだろ、いーたんっ」

「そりゃ悪いね」


 不機嫌そうに零崎は睨み付ける。

 けど、そんな顔もなかなかどうして悪くなくて。


「馬鹿で結構、君がここにいるならそれでいい」

「………いーたん、どうしたよ」

「ホワイトデー特別仕様」

「あっそ」


 ぎゅ、と抱きしめると少し逡巡して、零崎の腕が僕の背に回ってきたから。


「じゃ、俺も特別仕様でいーたんに甘えてやんよ」

「……どうも」

「マフィン、意外と悪くなかった」



 日差しに溶けて、僕らは、一つ。









▼甘えたがりのホワイトデイ

 

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