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□鏡写しの僕と俺
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鏡写しの僕と俺
「あんたと俺は鏡ん中の虚像同士だよ。
覗かなきゃなんの疑問も不審もないのに、一度その差異に気が付くと無視できない、気持ち悪い。
……知っちまった今はどうしようもねぇことだけどな。かはは、傑作だぜ」
僕は黙ってコップに水道水を汲んで、彼の前に置く。
普段なら完膚なきまでに無視される代物だが、流石に僕の鏡は優秀で、一気に飲み干すなりお代わりを要求してきた。
「食い意地汚い」
「水道水に意地も何もあるかっての」
「お前なんかの為に捻出される水道代が勿体無い」
「言外に死ねと!?」
「お前が死ねば善良な一般人が何十人か救われるだろ」
「そりゃあまあ……ってオイひでぇ言い草だないーたん!!」
「で、鏡の話だけど」
「ばっさり!!」
「お前の被せボケ拾うの疲れるんだよ」
「どっちが被せボケだよ」
一通りの通過儀礼を済ませた所で、僕も水を煽り零崎の正面に座った。
そう言えばこんな風に膝詰めて話すのなんていつぶりだろうか。
戯言は突き詰めれば虚言で、流れるような嘘は正式を必要としなかった。
無言の中、零崎が刺青を少し、歪めた。
「どったよいーたん、神妙な顔しちゃってさぁ」
「……僕が」
「うん?」
「僕がいつから戯言遣いになったのか、考えてたんだ」
「そんなん考える迄もねぇだろ。俺が生来の殺人鬼なんだからあんたは生まれつきの戯言遣いだよ」
「ってのはまぁ戯言なんだけど」
「あーなんだよいつもの戯言かよ―――って!!滅茶苦茶フォロー入れちゃった俺の立場恥ずかしいんだけど!!」
「そりゃ重畳」
「台詞盗られた……」
「じゃなくて。僕の鏡」
「なんだよ俺の虚像」
空気が変わったところで僕が言うべき事はやっぱり曖昧で見つからなくて、神妙な顔をする零崎がなんだかとても綺麗に見えた。
鏡の世界に入り込んだアリス・リデルは案外こんな気分だったのかも知れない。
其処に行かなきゃ自分が消えるような感覚。
僕の鏡は何も言わない僕に首を傾げて、僕は思わず刺青に触れた。
「……お前今日どうしたんだよ」
「……うん、いや……」
「大丈夫か?」
「……零崎」
「なんだよ」
「鏡の中に何の姿も映らなかったら、それはきっと鏡じゃなかったんだよ。
アリス・リデルが旅をした鏡の中のチェス盤は本当は現実の夢だったんだよ。
……お前を見てると、僕は元よりゼロに等しい自尊心と自愛がことごとく打ち消されるのを感じるんだ。
でも、お前と出逢うことが無かったなら、多分今此処に僕は無い」
「……傑作だな」
「戯言じゃないからな」
「知ってる」
刺青に触れた指先を手にとって、零崎は弄ぶように指を絡ませた。
当たり前だけど、指先は人の体温のソレを感じさせるように温かかった。
「知ってるか欠陥製品」
「なんだい人間失格」
「お前は優しさで人を殺すけど、俺は生き様で人を殺すんだぜ」
「零崎、」
「おっと、いーたんが殺すのは精神だけだったな。自分を絞め殺して人も殺して。かはは、俺より性質悪いんじゃねぇの?」
「……っ」
「つった所で、まぁ結局あんたの鏡は肉体まで綺麗さっぱり殺して解して並べて揃えて晒してっから?
気にすんなよ、欠陥製品。お前は不足してんじゃなくて一つが余りあるくらい多すぎるだけなのさ。養分過多って奴?」
「それって欠陥なのか?」
「欠陥さ。周りからとーんと逸脱してんだからよ。可愛さ余って憎さ百倍っての」
「それ多分違う……」
呆れ声を出しながらも、僕は救われた気分に成りつつあった。
零崎は絡めていた指を外して、僕の髪をさらりと撫でた。
「まぁ、あんたは殺さなくても生きていけるんだし」
「うん」
ぽりぽりと頬を掻いてあらぬ方向に視線を向けて、零崎はぼそぼそと呟くように言った。
「優しいからこそ救えたもんもあったんじゃねーの、といーたんの優秀な鏡が申しておりますが」
……。
「……人識」
「おお……って名前!?」
「キスしていい?」
「何が悲しくて野郎にキスされなきゃいけ……んぁ、」
台詞の途中で口づけた。
一瞬の触れ合い。
離したら零崎はジトリと僕を睨みつけてきた。
「ごめん事後承諾だったりした」
「……まぁ、いいけど。別にいーたん嫌いじゃないし」
「じゃあもっかい」
「知るか」
「偶には鏡の外側が恋しいときもあるのですとぜろりんの虚像が訴えておりますよ」
「お前早めに殺して解して並べて揃えて晒された方がいいと思う」
「お前がやってくれるなら構わないよ」
「間違ってもやらん、多分」
即答した零崎は苦々しげにその口元を歪めた。
……そういう所がわかりやすいんだ、こいつ。
「一番最初にお前が言ったことだけどさ、零崎」
「……」
「僕も、お前がいなくなったら違和感の塊になると思うよ」
「ふーん」
「ま、」
「おう」
「「全部」」
「戯言だけど」
「傑作だけど」
▼真実の言葉は偽りを乗せて